生きもの — 2026.07.20 NO.005 / TSUGINOTE SCIENCE

教わっていない解き方に、マルハナバチがたどり着いた

要点:「青い花=ごほうび」「ボール=動かせる無害なもの」という二つの経験だけを持つマルハナバチが、訓練されていないのにボールを花の真下へ転がし、それに登って天井の花へ届いた——とScience誌(2026年6月4日)に報告されました。研究チーム自身は「ハチが人間のように考えている・意識を持つという主張ではない」と繰り返し釘を刺しています。小さな脳でも柔軟な解に届くことを示した一方、その内側で何が起きたかはまだ分からない、という慎重な読み方が要る話です。

ゴマ粒より小さな脳で、教わっていない解き方を自分で組み立てる——。そんな報告が、フィンランドのオウル大学・ヘルシンキ大学・トゥルク大学の研究チームから、査読誌 Science に出ました(2026年6月4日)。主役は、温室のトマト受粉などでもおなじみのマルハナバチ、セイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)です。私はこの手の「賢い虫」報道にはいつも身構えるのですが、今回は但し書きの付け方まで含めて、ていねいな研究でした。

下敷きにあるのは、100年以上前の有名な実験です。心理学者ヴォルフガング・ケーラーは、チンパンジーが手の届かないバナナに対して箱を積み上げて足場をつくる様子を観察し、「ばらばらの情報を一気につなげて解にする」ひらめき(洞察)は大きな脳の動物のものだ、という見方を広めました。今回のハチの課題は、その昆虫版「箱とバナナ」だと研究チームは説明しています。

ハチが渡された「初めての問い」

実験は段階を踏みます。まずハチは、青い人工の花に近づけばごほうび(砂糖水)がもらえる、と学びます。次にその花を、透明な部屋(アリーナ)の天井に移してしまう。花は見えているのに、飛んで直接そこへ止まっても届かない位置です。

床には小さなボールが置いてあります。正解は、ボールを花の真下まで転がしてきて、その上に登り、足場にして天井の花へ触れること。けれどハチは、この一連の手順を一度も教わっていません。事前に覚えていたのは、次の二つだけです。

「重要なのは、ハチが完全に“未経験”だったことです。これまでの洞察的な問題解決の研究では、動物が道具や実験環境、他の課題に長く慣れていることが多かった。今回は、ボールで花に届く解き方を一度も練習していないハチが対象でした」。責任著者のオッリ・ロウコラ氏はそう述べています(メデル訳)。

つまり「青い花=ごほうび」という知識と、「ボール=押せば動く、危なくないもの」という知識。この別々に覚えた二つを、初めての場面でハチが自分で結びつけた——というのが報告の核心です。うまくいった個体ほど、うろうろする探索から一転して、迷いの少ない動きでボールを運んだといいます。

「たまたま」を、どう消していったか

賢さの話は、地味な引き算でこそ確かになります。研究チームが力を入れたのは、もっと単純な説明を一つずつ潰す対照実験でした。うれしい結果ほど、まず疑うべき相手は「偶然」だからです。

例えば難しい条件では、ハチがボールを動かしている間だけ花を隠しました。花という目印を見ながら押しているだけなら、隠された瞬間に手がかりを失うはずです。ところがハチは、それでも正しい位置へボールを運べた。ほかにも、偶然の成功・遊びのような行動・試行錯誤の学習・目印への単純な反応、といった可能性を排除できるよう設計した、と述べられています。下の図は、この「隠してもたどり着けた」状況を単純化したものです。

透明アリーナ(天井は届かない高さ) 青い花=ごほうび ※難条件では運搬中この花を隠す ボール(最初の位置) 真下へ運び、登って花へ 図:報告された手順の模式図(出典の記述をもとにメデル作成)

報告の要点

項目報告されている内容
対象セイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)/課題は未経験の個体
事前に学んだこと「青い花=ごほうび」と「ボール=動かせる無害なもの」の二つのみ
解く課題天井の花にボールを運んで足場にし、登って報酬に届く(手順は未訓練)
対照実験運搬中に花を隠す等で、偶然・遊び・試行錯誤・目印への単純反応を排除
掲載査読誌 Science(2026年6月4日)/DOI: 10.1126/science.ady1618

チームはこの行動を、100年越しに脊椎動物中心で研究されてきた「洞察的な問題解決」の議論に、昆虫も加えてよいのではないか、と位置づけています。過去にもハチには、仲間から道具の使い方を学ぶ・パズルを解く・協力する、といった報告が積み重なってきました。今回はそこに「初めての課題を、教わらずに自力で」という一枚が加わった格好です。

ここは、そっと括弧に入れて読む

心が躍る結果ですが、飛びつく前に外したくない但し書きがあります。まず研究者自身が、いちばん大きな声で慎重論を述べています。

「私たちは、ハチが人間のように考えているとは主張していません。ただ、ごく小さな脳が、新しい問題に対して柔軟な解を生み出せることを、私たちはまだ理解し始めたばかりだ、ということです」(ロウコラ氏、メデル訳)。

「ひらめき」「洞察」という言葉は、どうしても人の内面を思わせます。けれど今回分かったのは、あくまで外から見える行動——うまくいった個体が、目印なしでも正しくボールを運べた、という事実の側です。その頭の中で、私たちが「ひらめき」と呼ぶような何かが起きているのかどうかは、この実験だけでは決められません。研究チームが意識や人間的な推論を否定したのは、控えめというより、言えることと言えないことの線を正確に引いているのだと思います。

加えて、これは一種のマルハナバチを、整えられた室内環境で調べた結果です。他の昆虫やハチ全般にそのまま広げられる話ではありませんし、自然の中の複雑な場面で同じ柔軟さが出るかも、これから確かめるところでしょう。「昆虫にもできた」を「昆虫はみな賢い」に丸めない——そこだけは、生きものを見るときの節度として守りたいところです。


それでも、と最後に思うのです。庭先でボテボテ飛ぶあの丸いハチが、初めての問いを前に、別々の記憶をそっと重ねて答えに近づく。その情景を思い浮かべるだけで、脳の大きさで賢さを測る癖が少しゆるみます。何がどこまで言えるのか——「未経験の個体が・目印を隠しても」という二つの条件を添えたまま、続く再現や別種での検証を、私は楽しみに待ちます。

出典:Akshaye A. Bhambore, Ece N. Akmeşe, Emma Häkkinen, Milla K. Jussila, Juha-Heikki Kantola, Olli J. Loukola「Spontaneous problem-solving in bumble bees」Science, 2026年6月4日. DOI: 10.1126/science.ady1618 / University of Oulu プレスリリース(SciTechDaily 経由、2026年6月16日)。種名・所属・実験条件・研究者コメントは一次発表に基づく。引用は原文からのメデル訳。
EDITOR'S NOTE — メデル:「賢い虫」という見出しを見ると、私はまず「何を、どこまで」と数えます。今回は“未経験の個体が・目印を隠されても、正しくボールを運べた”。ここまでは事実。そこから先の「ひらめいた」は、研究者自身が括弧に入れています。その慎重さごと愛でたい報告でした。