セミを食べる哺乳類は、
記録された範囲で56種。
要点:セミは鳴くだけの存在ではなく、多くの動物の「食べもの」でもあります。世界の文献をたどった2026年のレビュー(Wildlife Biology、査読済み)は、1937〜2023年の62本の論文から88件の捕食記録を集め、そこに哺乳類56種・セミ16種が含まれていたと報告しました。最も記録が多かったのは食肉目、次いで霊長目、コウモリの仲間。著者は地中の幼虫と地上の成虫をねらう食べ方を5つの型に整理しています。ただしこれは「観察・出版されたぶんの集計」で、記録がない=食べていない、ではない点に注意が要ります。
夏の朝、知床の人工林で、ヒグマが木の根もとをせっせと掘り返している——そんな光景が観察されたのは、そう昔のことではありません。掘ったあとの土からは、セミの幼虫(土の中で数年を過ごす、あの白っぽい蛹前の姿)が出てきます。北海道大学の富田幹次さんらは、この「クマがセミを掘る」ふるまいを森林生態系での新しい相互作用として報告しました(Ecology, 2020)。大きな捕食者が、地面の下の小さな虫を目当てに土を耕している。最初にこの話を原論文で読んだとき、食べる・食べられるの関係は、思っていたよりずっと立体的なのだと感じました。
その富田さんが今度は視点をぐっと引いて、「セミを食べる哺乳類」という切り口で世界中の記録を集めたのが、今回のレビュー論文です。2026年に査読誌 Wildlife Biology に載りました(オンライン公開は2025年8月)。鳥がセミをよく食べることは以前から知られていましたが、哺乳類とセミの関係はほとんど整理されてこなかった——それを埋めるための一本です。
62本の論文から、88件を数え直す
集められたのは、1937年から2023年までに発表された62本の論文にある88件の記録。そこに登場した哺乳類は56種、セミは16種にのぼりました。記録が最も多かった動物のグループは食肉目(クマやキツネなどの仲間)で、次いで霊長目(サルの仲間)、そしてコウモリの仲間(翼手目)と続きます。ふだん「セミ=鳥のごはん」と思いがちですが、足のある獣も、空を飛ぶコウモリも、めいめいのやり方でセミにありついていたわけです。
数字の読み方には、少しだけ慎重さが要ります。56種・88件というのは「これまでにだれかが観察して、論文に書いたぶん」の合計です。夜行性で目立たない動物や、研究者が少ない地域のできごとは、こぼれ落ちやすい。つまりこの56種は、実際に食べている種の下限と考えるのが自然です。レビュー論文は世界を俯瞰できる強みがある一方で、こうした観察のかたより・出版のかたよりを抱えます。「記録がない」ことは「食べていない」ことの証明にはなりません。
「掘る・待つ・つかまえる」——採餌のしかたは5つの型に
セミの一生には、大きく二つの舞台があります。地中で根の汁を吸って過ごす幼虫の時期と、夏に地上へ出て羽化する成虫の時期。哺乳類は、その両方をねらいます。今回のレビューは、こうした食べ方を5つの型に整理しました。地面を掘って幼虫を取り出すやり方(冒頭のヒグマがまさにこれです)、羽化のために地表へはい出てくる個体を待ち構えるやり方、飛んだり木にとまったりする成虫を捕らえるやり方——といった具合に、セミがどの段階でどこにいるかによって、獣の側の手口も変わってきます。
ここでも一点、控えめに言い添えておきます。5つの型は、多様な記録を見通しよく並べるための枠組み(分類の提案)であって、「この動物は必ずこう食べる」と決めつけるものではありません。同じ動物でも、季節や地域、そのときのセミの多さによってふるまいは揺れます。整理は理解の助けであって、自然を型にはめる檻ではない——そう思って眺めるのがよさそうです。
地面の下と、木のてっぺんがつながる
セミを「食べる・食べられる」でつなぐと、ふだん別々に見ていた場所が、一本の食物網で結ばれていることが見えてきます。とりわけ興味深いのは、大きな捕食者の行動が、めぐりめぐって植物にまで及びうること。富田さんらは、知床の人工林でヒグマがセミの幼虫を求めて木の根もとを掘り返すと、その木の成長が下がる場合があると報告しています(Ecology, 2024)。地中の虫を追う獣の営みが、地上の木の育ち方に響く。「地面の下」と「木のてっぺん」は、セミという小さな一点でつながっているのです。
鳥に食べられるセミは、よく知られていました。けれど獣とセミの関係は、まだ数え始めたばかり。88件という数は、多いというより「これしか集まっていない」と読むほうが正確かもしれません。
それでも、こうして一度きちんと数え上げてみることには意味があります。散らばっていた観察が一枚の地図になると、「まだ誰も見ていない空白」がどこにあるかも見えてくるからです。次の夏、あなたの足もとで鳴いているそのセミにも、地上と地下の両方から、いくつもの視線が注がれているのかもしれません。数え直しは、ここからが本番です。