生命科学 — 2026.08.02 NO.026 / TSUGINOTE SCIENCE

細胞膜から来るはずの小器官が、ゴルジ体の上で生まれていた。切り離し役を欠いた細胞で起きたこと

細胞のなかを進むナノスケールの輸送体を描いたイメージ図

要点:細胞膜から取り込んだ物質を戻す小器官——そう位置づけられてきたリサイクリングエンドソームが、ゴルジ体の上で新たに作られながら積荷を取り込む過程を、広島大学と理化学研究所のチームがライブ観察したと報告しました(Nature Communications、DOI: 10.1038/s41467-026-75784-1、2026年7月27日公開・査読済み)。決め手は「輸送のスタートを一斉に切れる細胞」をゲノム編集で作ったこと。生まれたばかりの姿は数珠状で、その一部はクラスリンに覆われていました。ただし観察されたのは培養細胞、積荷は1種類です。

細胞のなかには、荷物を仕分けて運ぶ小さな器官がいくつもあります。教科書での説明はおおむねこうです。ゴルジ体は、新しく作られたタンパク質を加工して送り出す「配送センター」。リサイクリングエンドソームは、細胞が外から取り込んだ膜タンパク質を細胞膜へ戻す「リサイクル拠点」。前者は作って出す側、後者は拾って戻す側で、由来も役割も別だと整理されてきました。

この整理に、以前から一部ほころびがありました。同じ研究グループは、リサイクリングエンドソームがゴルジ体に接触して積荷を受け取り、そのまま細胞膜まで運ぶことを見つけていたのです。とはいえ、受け渡しの瞬間に何が起きているのかまでは追えていませんでした。理由は単純で、いつ起きるか分からないものは、顕微鏡の下で待ち構えられないからです。


観察できなかったのは、腕ではなく段取りの問題だった

今回の報告で私がいちばん面白いと思ったのは、見つけた中身より先に、見るための段取りの作り方でした。

使われたのはブレフェルジンA(BFA)という古くから知られる薬剤です。哺乳類の細胞にこれを入れると、ゴルジ体の形成に必要なGBF1というタンパク質の働きが止まり、ゴルジ体そのものが崩れて小胞体に吸収されてしまいます。輸送を止められるのは便利ですが、止めた先の構造が壊れてしまっては、そこで何が起きるかは観察できません。

手がかりは、同じグループが以前ショウジョウバエで報告していた性質にありました。ハエではBFAが、ゴルジ体から先の輸送(ポストゴルジ輸送)に関わるSec71というタンパク質を選んで阻害するため、ゴルジ体は保たれたまま、そこから出ていく輸送だけが止まるのです。

そこでチームは、哺乳類細胞のGBF1遺伝子にBFA耐性の変異を入れました。すると薬を加えてもゴルジ体は壊れず、Sec71のヒト側の相当分子であるBIG1/2だけが選択的に止まります。この細胞では、次の操作ができます。

操作細胞のなかで起きること
BFAを加えるゴルジ体は保たれたまま、積荷がゴルジ体のトランス側に溜まっていく
BFAを洗い流す溜めておいた積荷の搬出が、任意のタイミングで一斉に始まる

つまり、細胞内輸送に「一時停止」と「再生」のボタンを付けたことになります。可逆的である点が肝で、顕微鏡で狙いを定めてからスタートを切れるようになりました。積荷として使われたのは、細胞膜の外側に脂質で係留されるGPIアンカー型タンパク質です。


生まれる場所は、ゴルジ体の上だった

この細胞に積荷を溜め、理化学研究所で開発された超解像度高速共焦点レーザー顕微鏡(SCLIM)で生きたまま観察しながらBFAを除去する。報告されたのは、次のような光景です。

積荷が集まっているゴルジ体の領域で、新しいリサイクリングエンドソームが、積荷を内側に取り込みながら形成された。すでに存在していたリサイクリングエンドソームは、この新生した相手と融合することで積荷を受け取っていた。そして積荷を抱えたリサイクリングエンドソームはゴルジ体から離れ、輸送担体(キャリア)として細胞膜へ向かった。

「既にあるものが受け取りに来る」だけでなく「その場で新しく生まれる」。同じ現象を外から眺めていれば、どちらもゴルジ体に小器官が接触しているように見えます。順番を切り替えられる細胞がなければ、区別のしようがなかったところです。

さらにチームは、BFAを除く前後の細胞を3次元電子顕微鏡で解析しました。光学顕微鏡では点にしか見えないものが、ナノメートルの分解能でどんな形をしているのかを確かめるためです。

浮かび上がったのは、ゴルジ体から伸びる数珠状の膜構造でした。ふくらみが連なった、ひものような形です。内部には積荷が溜まっており、この数珠の一部はクラスリンという殻タンパク質で覆われていました。クラスリンのアダプターとして働くAP-1の存在も確認されています。


切り離し役を止めたら、ちぎれずに伸び続けた

ここまでは「見えた」という話です。役割を確かめるために、チームはAP-1を欠損させた細胞を作って同じ輸送を追いました。結果は、私の予想とは少し違いました。

AP-1を欠いた細胞で報告された結果
新生リサイクリングエンドソームの形成起こる(AP-1がなくても作られる)
ゴルジ体からの切り離し起こらない。細長いチューブ状の構造としてゴルジ体から伸び続ける

作ることと、切り離すことは、別の仕事だったわけです。AP-1はゴルジ体とリサイクリングエンドソームの境目でクラスリン被覆小胞の形成を促し、両者を切り離す役を担っている可能性が示されました。言い換えれば、ゴルジ体で生まれた新生リサイクリングエンドソームが独立した輸送担体として成熟するためには、この分離の段取りが要る、という筋書きです。


揺らぐのは、現象より「分類」のほうかもしれません

エンドソームという名前は、エンドサイトーシス(細胞が外の物質を取り込む過程)に由来します。外から入ってきたものを扱う袋、という出自にもとづく呼び名です。ところが今回報告されたのは、その袋が外からではなく、ゴルジ体の上で生じているという観察でした。

研究チーム自身が、今後の展開としてこの点を挙げています。ゴルジ体とエンドソームの関係、そしてエンドソームの定義そのものを考え直す必要があり、議論を促していくことが重要だ、と。名前を由来で決めるのか、分子の顔ぶれや機能で決めるのか。同じものを別の入口から作れるなら、分類の軸を選び直すことになります。

一方で、期待の言葉には距離を置いて読む必要があります。輸送の異常に起因する疾患の解明や創薬への貢献は、プレスリリースでも「期待される」と書かれている段階です。特定の病気に結びつく成果が示されたわけではありません。


この報告が言っていないこと

限界を並べます。

観点いまの状況
対象哺乳類の培養細胞。個体や組織での観察ではない
積荷GPIアンカー型タンパク質。他の種類の積荷でも同じ経路をたどるかは別途の確認が要る
系の性質薬剤で人工的にタイミングを揃えた条件下での観察。自然な状態でも同じ頻度・同じ順序かは慎重に見る必要がある
機構なぜゴルジ体の上で新しくリサイクリングエンドソームが生じるのか、その仕組みは未解明とされている
査読状況Nature Communications 掲載の査読済み論文(2026年7月27日公開)

とくに三つ目は、この研究の強みと裏表です。ばらばらに起きる出来事を一斉に始めさせたからこそ撮れた映像であり、同時に、一斉に始めさせた条件での映像でもあります。再現性の観点では、別の積荷・別の細胞種で同じ順序が見えるかが次の関門になるでしょう。

私が次に確かめたいのは、その一点です。BFAという停止ボタンを使わずに、あるいは別の積荷で、ゴルジ体の上に数珠が伸びる場面が撮れるか。撮れたときに初めて、教科書の図の矢印を書き換える話になります。

出典:理化学研究所・広島大学 プレスリリース「細胞内『配送センター』ゴルジ体から輸送担体としてエンドソームが誕生」(2026年7月29日)riken.jp/広島大学 研究成果ページ(2026年7月29日)hiroshima-u.ac.jp/原論文:Takiguchi A. ほか「Reversible control of post-Golgi transport by brefeldin A reveals recycling endosome maturation during glycosylphosphatidylinositol-anchored protein transport」Nature Communications、2026年7月27日公開・査読済み、DOI: 10.1038/s41467-026-75784-1(責任著者:佐藤明子・佐藤卓至)
EDITOR'S NOTE — サグル:発見の話より先に、道具の話を書きたくなる報告でした。BFA耐性変異という一手を入れるまで、この現象は「起きていなかった」のではなく「立ち会えなかった」だけです。見えないものを見えないままにしていた原因が、感度でも分解能でもなく段取りだった、という筋書きは他の分野にもありそうで、そこが気になっています。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.02
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