銀河をつくる材料が、勘定に合わない。探しに行く望遠鏡は電子レンジほどの大きさです。
要点:NASAの小型衛星ミッション Aspera は、銀河のまわりに広がる高温ガス——銀河周縁物質——を、紫外線のたった二本の輝線でとらえることを目指しています。鏡は1枚6.2×3.7センチ、有効面積は1.85平方センチ、設計寿命は9か月。大きな望遠鏡では見えないものを、小さな望遠鏡が見に行く理屈があります。ただし、打ち上げ時期は資料ごとに食い違ったままです。
宇宙の話をするとき、私はたいてい「見えたもの」から書きます。今日は逆から書きます。まだ空に上がっていない道具の話です。
アリゾナ大学スチュワード天文台のカルロス・J・バルガス氏は、この装置がなぜ要るのかを、パズルのたとえで説明しています。
「パズルを組み立てようとしているのに、ピースのほとんどが無いところを想像してみてください。輪郭は分かっても、絵はいつまでも結ばない。50年ものあいだ、天文学者は銀河にあるガス——星や惑星の原材料——の大半が単純に『行方不明』であることを知っていました」(アリゾナ大学の発表、2025年5月20日)
星は、ガスが集まって重力で縮み、火が点いたものです。銀河をひとつ組み上げるには、いま見えている星ぜんぶよりずっと多くのガスが要る。ところが、銀河の円盤を数えても、その量が出てこない。材料の帳簿が、合っていないのです。
行方不明のガスは、たぶん「外」にいる
有力な置き場所は、銀河の外側です。円盤のさらに向こう、重力がかろうじて束縛している範囲まで、うすいガスが球状に広がっている。これを銀河周縁物質(circumgalactic medium、CGM)と呼びます。2017年の総説は、この領域が円盤に匹敵するかそれ以上の質量を抱えている可能性を指摘しました。
問題は、ここが観測しにくいことです。密度は極端に低く、温度は数万度から数百万度まで幅がある。可視光ではほとんど何も返ってきません。
そこで手がかりになるのが、酸素です。酸素原子から電子が5個はぎ取られた状態(O VI)は、およそ30万度前後の領域でもっとも多く生じるとされ、波長103.2ナノメートル付近と103.8ナノメートル付近に二本の輝線を出します。この二本を数えれば、そこにどれだけの高温ガスがあるかを見積もれる。
ただし103ナノメートルの光は、地球の大気を通り抜けられません。地上にどれほど大きな望遠鏡を建てても、この輝線は絶対に届かない。宇宙に出る以外の方法がない波長です。
大きい望遠鏡では、むしろ見えない
Aspera は、2020年に始まったNASAの Astrophysics Pioneers(小規模ミッション枠)の第1期に選ばれた計画です。ミッション名はラテン語の Ad astra per aspera(困難を通って星へ)に由来します。
諸元を並べます。NASAの高エネルギー天体物理学データセンター(HEASARC)が公開している値です。
| 項目 | 値 | 読み方 |
|---|---|---|
| 観測装置 | ローランド円型の分光器 4台 | 撮像ではなく、輝線を分けて測る |
| 鏡(1台あたり) | 6.2 cm × 3.7 cm の軸外し放物面 | 名刺よりひと回り小さい |
| 有効面積 | 103.5 nm で 1.85 cm2 | 1円玉の面の6割ほど |
| 視野(1台あたり) | 60′ × 30″ | 満月2個ぶんの長さ、満月1/60の幅 |
| 波長分解能 | λ/Δλ > 1500 | 大型機より意図的に低い |
| 設計寿命 | 打ち上げから9か月 | コーティングが9か月で約7%劣化 |
鏡が名刺サイズ、というところで多くの人が引っかかると思います。ハッブル宇宙望遠鏡の主鏡は直径2.4メートルです。桁が違いすぎる。
けれども、探しているものの性質を思い出すと理屈が通ります。CGMは暗く、そして広い。点のように小さい天体を拾うなら大口径が要りますが、空いっぱいにうすく塗られた光を拾うときに効くのは、口径よりも「一度にどれだけ広い範囲の光をひとつの検出器に集められるか」です。分解能を捨てて感度を取る——この装置の設計思想はそこにあります。実際、光学系は1999年から2007年まで運用された紫外線衛星FUSEの方式を受け継ぎつつ、あえて分光の分解能を下げて、広がった淡い光に強くしてあります。
この設計で狙う暗さは、1平方秒角あたり毎秒1平方センチメートルにつき5×10−19エルグ。60秒角四方の升目ひとつで、そこまで暗い輝線を5σで検出できる見込みだと、装置設計の報告は述べています。数字そのものは想像しづらいので、こう置き換えます。この望遠鏡が探しているのは、いま人類が空から拾えている光の、さらに下にある明るさです。
9か月という、最初から書き込まれた期限
もうひとつ、この装置には変わった仕様があります。設計寿命が9か月しかない。故障を見込んでいるのではなく、紫外線を反射させるためのコーティングが宇宙環境で確実に劣化するからです。HEASARCは、9か月でおよそ7%の性能低下を見込むと記しています。
大型望遠鏡は数十年働きます。ハッブルは1990年から動き続けています。それに比べると、9か月は瞬きのような時間です。銀河の周りのガスは、何十億年もかけてゆっくり出入りしている。その悠久を、9か月の目で覗きに行く。時間の桁がまるで釣り合っていないのに、それでも見に行く価値があるとされている——ここに、この計画のいちばん好きなところがあります。
確からしさの話:日付すら、まだ決まっていない
ここまで書いてきて、いちばん確からしくない部分を最後に置きます。この望遠鏡がいつ上がるのか、公開資料は一致していません。
| 資料 | 打ち上げ時期の記載 |
|---|---|
| Rocket Lab ミッションページ | 「2026年」「2026年第1四半期以降」 |
| NASA HEASARC(2026年5月5日更新) | 「2026年前半を予定」 |
| 打ち上げ追跡サイト(本稿執筆時点) | 「2026年第4四半期以降」 |
本稿執筆時点で打ち上げは確認できていません。つまり当初の予定からは遅れている、というところまでは言えます。それ以上は言えません。
数値にも小さな食い違いがあります。衛星の重さは、NASAの諸元表が約24キログラム、アリゾナ大学の発表が約120ポンド(約54キログラム)。前者は望遠鏡部の値、後者は衛星全体の値と読むのが自然ですが、資料そのものはそう書き分けていません。輝線の波長も、NASAの諸元表は103.2/103.6ナノメートル、装置設計の報告は103.2/103.8ナノメートルと表記しています。この程度のずれは公開資料に普通に残っていて、片方だけを引くと、いつのまにか無かったことになります。
そして——ここが肝心なのですが——Aspera はまだ何も観測していません。この記事に書いたのは、成果ではなく、設計図と見込みです。9か月の運用が終わったとき、行方不明のガスの地図が本当に描けているのかは、そのときにしか分かりません。
それでも、名刺より小さい鏡が4枚、電子レンジほどの箱に収まって、銀河ひとつぶんより大きなものを測りに行こうとしています。Ad astra per aspera。うまくいけば、星の材料がどこにあるのかを人類が初めて面として見ることになる。うまくいかなければ、次の設計がその上に載ります。上がるのを待つ理由としては、どちらも十分です。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.09
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