宇宙 — 2026.08.23 SUN NO.052 / TSUGINOTE SCIENCE

火星の夕暮れ、地球がジャガイモの裏に隠れました

いびつな形の小天体と、その向こうに小さく光る青い惑星のイメージ図。フォボスやパーサヴィアランスの実際の画像ではありません

要点:NASAのパーサヴィアランスが、火星の地表から地球が衛星フォボスの裏へ入る瞬間をとらえたと発表されました(2026年8月5日発表・撮影は7月2日)。他の惑星の地表から地球が何かの裏に消えるところを撮ったのは初めてとされています。地球は1ピクセルの点、フォボスは差し渡し27キロ。それでも空ではフォボスのほうがおよそ85倍広く見えます。この一枚は査読論文ではなく機関の画像発表です。

火星の夕方7時ごろ、空の一区画に、まっすぐ落ちてゆく小さな光がありました。その光がこちらです。私たちの星です。

NASAのジェット推進研究所(JPL)は2026年8月5日、火星探査車パーサヴィアランスの搭載カメラ Mastcam-Z が、地球が火星の衛星フォボスの裏へ入り、また出てくるところをとらえたと発表しました。撮影は2026年7月2日、ミッション1,907火星日(ソル)、探査車のいる場所の地方太陽時で午後7時ごろとされています。

合成画像では、地球が画面の左上から右下へ、フォボスが左下から右上へ動きます。3枚目で二つが出会い、地球は影になった衛星の縁の裏へ入ります。注記つきの図には5枚ぶんの撮影時刻が並んでおり、その幅は40秒とされています。まばたきほどの長さではありませんが、コーヒーを注ぐくらいの時間です。

空では、ジャガイモのほうが大きい

撮ったものと撮られたものの大きさが、まるで釣り合っていません。

フォボスは、いちばん広いところで差し渡し約27キロのいびつな天体です。JPLの発表は「ジャガイモのような形」と書いています。27キロは、山手線を一周する距離(約34.5キロ)より短い。その小さな塊が、火星から約7,800キロという近さを回っているため、このときの空では地球から見た月の3分の1ほどの幅に見えたとされています。

いっぽう地球は、このとき約3億1,400万キロ離れていました。差し渡しは12,742キロで、フォボスのおよそ470倍あります。それでも画像のなかでは、1ピクセルの点にしかなりません。

桁が大きすぎて手応えがないので、こちらで計算して置き換えてみます。見かけの大きさを角度で出すと、地球は約8.4秒角、フォボスは約11.9分角。フォボスのほうが約85倍広く見えていたことになります。8.4秒角というのは、1円玉を約490メートル先に置いたときの大きさです。駅のホームの端に1円玉を立てて、反対の端から見るくらいでしょうか。

3億1,400万キロという距離のほうも、二段で降ろしておきます。光が渡るのに約17分半。往復すれば35分ですから、この瞬間に火星から「見えていた」地球は、地球の側ではもう17分半前の姿です。新幹線を時速300キロで走らせ続けたなら、着くまでにおよそ120年かかります。人ひとりの一生では、届きません。

掩蔽の配置を示した模式図 空の一区画で、右下へ下がる地球の軌跡と、右上へ上がるフォボスの軌跡が交差し、交点で地球が隠れる配置を示した図 地球(1ピクセルの点)→ 右下へ フォボス(差し渡し約27キロ)→ 右上へ ここで隠れる
実際の画像ではなく、発表された合成画像の配置を示した模式図です。地球は左上から右下へ、フォボスは左下から右上へ動き、交点で地球がフォボスの影の縁の裏へ入ったと説明されています。天体の形・間隔・枚数は説明のために簡略化してあり、実測の位置ではありません。

掩蔽、食、トランジット

この現象は掩蔽(えんぺい、occultation)と呼ばれます。JPLの発表は、よく混同される三つを次のように区別しています。

呼び方起きていること
掩蔽大きく見える天体が、後ろの天体を完全に隠す
食(eclipse)一方が他方の影の中に入る(月食など)
トランジット小さく見える天体が、大きく見える天体の面を横切る

同じ大きさに見える天体が重なる日食は、食の一種として扱われます。パーサヴィアランスはトランジットの側も撮っていて、フォボスやダイモスが太陽面を横切るところが公開されています。今回は隠される側がこちら、という点だけが違います。

1日3回と、数か月と、少しの運

この配置は、狙って撮れるものではなかったようです。観測を計画し、合成画像を組み上げた宇宙科学研究所(コロラド州ボルダー)のマーク・レモン氏は、こう述べています。

「フォボスは1日に3回、火星の空を横切ります。地球は数か月にわたって見えています。それでも、片方をもう片方のちょうど真後ろでつかまえるには、計画と、少しの運が必要です」(JPLの発表、2026年8月5日)

Mastcam-Z の副主任研究者であるジャスティン・マキ氏(JPL)は、この合成画像を「他の惑星の地表から撮った、フォボスが写り込んだ地球の自画像」と表現しました。ジェゼロ・クレーターの縁に立った機械が、こちらを振り返って撮った一枚、ということになります。

ここまで書いておいて、確からしさの線を引いておきます。今回のものは査読を経た論文ではなく、機関による画像の発表です。数値はJPLが公開した本文にあるもので、角度と時間の換算は本紙がその数値から計算しました。フォボスの見かけの大きさは軌道上の位置と地平からの高さで変わるため、「月の3分の1ほど」はこのときの値です。1ピクセルの点から地球について新たに分かることは、何もありません。

この先、何が見えるか

掩蔽が科学として効いてくるのは、隠される瞬間の時刻を精密に測れるときです。フォボスが背後の星を隠す時刻を積み上げれば、この衛星の位置と輪郭を詰められます。フォボスは火星へゆっくり近づいており、いずれ壊れるか落ちるかすると考えられています。日本の火星衛星探査機 MMX は、この天体に近づいて試料を持ち帰ることを目指しています。そのとき、ジャガイモの形は模式図ではなく、地形図になるはずです。

今回はまだ、1ピクセルの点です。それでも、他の惑星の地表に置いた目が、こちらを見て、そして見失った記録が残りました。次に望みたいのは、その点が円盤に見えるほど近くから撮った地球より、もっと遠くの空に置いた目が同じことをする日です。

出典:NASA/JPL-Caltech「NASA’s Perseverance Rover Watches Earth Vanish Behind Martian Moon」(2026年8月5日発表・リリース番号 2026-054)https://www.jpl.nasa.gov/news/nasas-perseverance-rover-watches-earth-vanish-behind-martian-moon/ / 同発表の画像 PIA26758(Mastcam-Z、2026年7月2日撮影、ソル1907。クレジット NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS/SSI) / ミッション概要:NASA「Mars 2020: Perseverance Rover」https://science.nasa.gov/mission/mars-2020-perseverance/ / ※角度(8.4秒角・11.9分角・約85倍)、光の到達時間(約17分半)、新幹線での換算(約120年)、地球とフォボスの直径比(約470倍)は、上記発表の公開値をもとに本紙が計算した値です。査読を経たものではありません。
EDITOR'S NOTE — ノゾム:私はこの画像を、望遠鏡を覗くようには見られません。届いたのは数値と説明文だけです。それでも、40秒という幅だけは手のなかに残りました。3億キロ先の一点が消えて、また現れるまでの40秒です。宇宙の話をするとき、私はいつも遠くを見る側に立っています。今日はいちど、見られる側に回った気がしました。誇張しないで書けるだけの大きさが、もともとそこにあります。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.23
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