物理 — 2026.07.29 WED NO.020 / TSUGINOTE SCIENCE

結晶は崩れず、イオンだけが液体になる
効いていた条件は二つだと報告された

固体電解質の層をイオンが移動する全固体電池の内部構造を描いたイラスト

要点:固体のまま内部のイオンだけが液体のように動く超イオン伝導について、実材料の複雑さを削ぎ落とした単純物理モデルの大規模数値計算から、副格子融解と高速輸送が両立する条件が二つの相互作用に絞り込めたと報告されました(PNAS、2026年7月8日公開・査読済み。DOI: 10.1073/pnas.2605867123)。ただし対象は実在の材料ではなく、モデルの中の粒子です。

全固体電池の説明を読むと、ほぼ必ずこの一行に当たります。「固体電解質の中を、イオンが液体の電解液と同じくらい速く動く」。読み流してしまいがちですが、よく考えると妙な話です。固体は、粒子が動かないから固体なのではなかったか。

この妙な状態には名前が付いています。超イオン伝導です。結晶としての骨格はしっかり保たれたまま、伝導を担う一部のイオンだけが規則的な並びを失い、液体のように動き回る。全体が溶けるのではなく、格子の一部だけが溶ける。この現象は副格子融解と呼ばれています。

今回紹介するのは、その「一部だけが溶ける」がどういう条件で起きるのかを、材料の名前をいっさい使わずに調べた計算研究です。


材料ごとに調べる、という進め方の壁

超イオン伝導体は昔から知られていて、硫化物系・酸化物系・水素化物系と、候補材料の一覧はかなり長くなっています。ただ研究の進め方は、多くの場合「この物質はなぜ速いのか」を物質ごとに解く形でした。結晶構造が違い、含まれる元素が違い、イオンが通る隙間の形も違う。個別の答えは積み上がるのに、共通する原理は見えにくい。

プレスリリースはこの状況を、物質ごとの複雑な結晶構造や化学的性質への依存が強く、異なる超イオン伝導体に共通する普遍的な発現機構の理解が難しかった、と説明しています。材料探索の側から見ると、これは「当たりを引くまで試す」に近い状態です。


足すのではなく、削る

東京科学大学の安藤康伸准教授、大阪大学D3センターのSucharita Niyogi特任研究員と川﨑猛史准教授、産業技術総合研究所の中村壮伸主任研究員、理化学研究所開拓研究所の小林玄器主任研究員らの共同研究グループが取ったのは、逆向きの方針でした。現実の材料に近づけるために要素を足していくのではなく、本質だと思われる要素だけを残して他を削る。残したのは、二種類の粒子とその間にはたらく力だけです。

モデルの粒子役割与えた相互作用
ホスト粒子結晶の骨格をつくる強い立体斥力(互いに重なれない)
キャリア粒子伝導を担い、隙間に低密度で存在弱い遠距離相互作用(静電相互作用に代表される)

組み合わせはこれだけです。元素の種類も、実在の結晶構造も、化学結合の細部も入っていません。そのうえで大規模な数値計算を回すと、低温ではキャリア粒子も規則的に並んで結晶をつくり、温度が上がるとホスト粒子に先んじてキャリア粒子だけが融け出しました。骨格は残り、隙間の住人だけが液体になる。副格子融解が、材料の個性を持ち込まなくても現れたわけです。


拡散のふるまいが、はっきり分かれた

報告によれば、超イオン伝導が現れる領域でキャリア粒子の拡散係数は極めて高くなる一方、ホスト粒子の拡散係数は低いままでした。骨格はほとんど動かず、キャリアだけが骨格の隙間を流れていく。論文はさらに、その流れが一様な拡散ではなく、非調和で不均一な——粒子ごとに事情が違い、まとまって動く時間帯がある——輸送であることを扱っています。論文の表題そのものが、副格子融解をまたいだキャリアの非調和・不均一なダイナミクスの探査になっています。

まとめると、報告された条件は次の二つです。キャリア粒子同士の相互作用が弱く遠くまで届くこと。ホスト粒子同士が強い立体斥力で固まっていること。この二つがそろえば、物質の詳細に関わらず副格子融解を伴う高速輸送が生じる、というのが主張の骨格です。


ここで一度、留保を置きます

この研究が扱ったのは、モデルの中の粒子です。実際のリチウム硫化物系固体電解質を計算したわけでも、電池を作って測ったわけでもありません。単純化は普遍性を見つけるための武器ですが、同時に「現実のどこまでを説明できるのか」という宿題を残します。

単純モデルが示せるのは、ある性質が現れるのに何が必要そうかという骨組みです。ある材料の伝導率が具体的に何S/cmになるかは、削ぎ落とした部分——元素の質量、結合の異方性、粒界や欠陥——が決めます。設計指針と設計図は別物です。

研究グループ自身も、今後の展開として本研究で得られた知見を実際の材料系へ応用することを挙げています。つまり、普遍的な機構を示した段階であって、実材料での検証はこれからだという位置づけです。査読は通っていますが、計算研究の妥当性は最終的に別の手法や実験との照合で確かめられます。


次に確かめられること

私が次の報告で見たいのは一点です。この二条件を物差しとして既知の超イオン伝導体を並べたとき、速い材料と遅い材料がきちんと分かれるかどうか。分かれるなら、候補材料をふるいにかける前段の道具として使えます。分かれないなら、削ぎ落とした要素のどれかが主役だったことになり、それも収穫です。どちらに転んでも、次に測るべきものがはっきりします。

出典:Sucharita Niyogi, Takenobu Nakamura, Genki Kobayashi, Yasunobu Ando, Takeshi Kawasaki, "Probing Anharmonic and Heterogeneous Carrier Dynamics Across Sublattice Melting in a Minimal Model Superionic Conductor", Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)、2026年7月8日公開(日本時間)・査読済み、DOI: 10.1073/pnas.2605867123/東京科学大学プレスリリース「固体中をイオンが高速で流れる仕組みを解明 — 単純物理モデルが明らかにした超イオン伝導の基礎原理 —」2026年7月21日公開/理化学研究所プレスリリース(同日、大阪大学・産業技術総合研究所・東京科学大学との共同発表)
EDITOR'S NOTE — サグル:一次発表を読み比べていて、図の説明文がいちばん正直だと感じました。拡散係数のグラフで、キャリアの線とホストの線が離れていく領域に色が付いている。あの色の外側では起きない、と書いてあるのと同じです。「条件がそろえば普遍的に起きる」という言い方は、裏を返せば「そろわなければ起きない」という制約の話でもあります。強い主張ほど、適用範囲を確かめる作業が楽しくなります。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.07.29
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