生命科学 — 2026.08.07 NO.032 / TSUGINOTE SCIENCE

細胞分裂で最も失敗できない一点は、なぜ周囲より速く変異するのか。セントロメア2,110本を読み直した結果

DNAの二重らせんとゲノム配列の解析を描いたイメージ図

要点:細胞が分裂するとき、染色体を左右へ正確に引き分けるための「取っ手」がセントロメアです。同じ配列が何百回もくり返す構造のせいで長らく読み通せず、ヒトゲノムの空白として残っていました。ペンシルベニア大学のGlennis A. Logsdon氏らのチームは、65人・5大陸28集団に由来する2,110本のセントロメアを完全に組み立て、Nature に報告しています(2026年7月29日公開・査読済み・DOI: 10.1038/s41586-026-10841-9)。読めてみると、この失敗の許されない領域は周囲の配列より一桁速く変異していました。しかも変異が最も集中していたのは、染色体を引く装置が実際に乗る場所そのものだったとされます。ただし「なぜそうなるのか」の仕組みは、まだ確かめられていません。

ヒトゲノムが「解読された」と大きく報じられたのは2003年のことでした。それから20年以上が経った今も、この記事の主題である領域は、つい最近まで白紙のままでした。読めなかったからです。

セントロメアは、染色体のくびれた部分にあります。細胞分裂のとき、ここに動原体というタンパク質の複合体が組み上がり、細胞の両端から伸びてきた微小管の綱をつかみます。染色体はこの一点で引かれて、二つの娘細胞へ分配されます。うまく引けなければ染色体の数が狂う。生存に直結する機能です。

その大事な場所が、なぜ読めなかったのか。理由は身も蓋もないもので、αサテライトと呼ばれる約171塩基の単位が、ほぼ同じ顔をしたまま何十万回もくり返しているからです。短く切って読んで貼り合わせる従来の方法では、どの断片がどの位置のものか判別できません。同じ柄のタイルだけで数メートル分の床を復元するようなもので、順番が決まらない。ここ数年で一度に長く読める技術が実用化されて、ようやく手がつきました。


まず、読めた本数を増やすところから

今回の研究の前半は、発見というより地道な修復作業です。ゲノムを組み立てるソフトウェアには Verkko と hifiasm という広く使われる二種類があり、この二つは間違え方の癖が違います。チームはその性質を利用して、片方の組み立て結果のうち怪しい区間を、もう片方の同じ区間で貼り替えるツール(AssemblyRepairer)を作りました。

これで864本を修復し、完全かつ正確に組み上がったセントロメアは合計2,110本になったと報告されています。既発表のデータセットに対して67%の増加です。さらに検証用として、ヒト・パンゲノム参照コンソーシアムが組み立てた5,747本と、4世代28人の家系から得た483本を加え、解析対象は合計8,340本になりました。

ここは派手なところではありませんが、あとの数字がすべてこの土台に乗っています。母数が増えたから比較ができるようになった、という順番です。

変異の速さには、はっきりした順番があった

組み上がった配列を比べると、セントロメアのαサテライト反復領域の平均変異率は 4.07 × 10−7(1塩基あたり1世代あたり、95%信頼区間 4.05〜4.08 × 10−7)と推定されました。これはセントロメアの外側にあるユニーク配列のおよそ16.4倍にあたるとされます。

しかも染色体ごとに差が大きい。最も遅いのはY染色体のセントロメアで平均 4.7 × 10−8、最も速いのは1番染色体のセントロメアで平均 9.5 × 10−7同じヒトの体の中で、20.1倍の開きがあることになります。一方で集団間の差はほとんどなく、平均で 4.0〜4.1 × 10−7 の範囲に収まったと報告されています。速さを決めているのは出身地ではなく、染色体の側だという読み方になります。

この推定は集団どうしの配列比較から出したものなので、「本当に世代をまたいで起きているのか」を別のデータで確かめる必要があります。そこで使われたのが、CEPH 1463という4世代28人の家系です。483本のセントロメアのうち244本が親から子へ受け渡された組で、この間に新しく生じた変異を直接数えられます。

領域推定変異率(/塩基/世代)
セントロメア周辺のユニーク配列7.1 × 10−8
単量体・分岐したαサテライト反復1.1 × 10−7
活性型αサテライト反復(全体)2.6 × 10−7
動原体が乗る区間(CDR)4.2 × 10−7

※ CEPH 1463 家系の243本のセントロメアで観測された新生一塩基変異から算出(Nature、DOI: 10.1038/s41586-026-10841-9、Fig.5a)。

順番がきれいに並んでいます。外側から内側へ入っていくほど速くなり、いちばん速いのは動原体が置かれる区間そのものでした。周辺のユニーク配列と比べると5.9倍です。集団比較から出した推定値(平均 4.07 × 10−7)とも近い値で、二つの独立な方法が同じあたりを指したことになります。

点の変異だけでなく、長さも動く

4世代のあいだに見つかった新生変異は、一塩基の置き換わりが206個。それとは別に、50塩基を超える挿入や欠失が43個ありました。長さは340塩基から19.4キロ塩基まで幅があります。

このうち8個が、動原体の乗る区間の中で起きていました。この区間は活性型の反復領域のうち平均11%しか占めていないので、偶然なら4〜5個のはずです。約2倍の集中ということになります。

実際、19番染色体では第2世代から第3世代のあいだに二量体の反復単位が一つ欠け、2番染色体では第1世代から第2世代で四量体が一つ欠けて、それが第3世代まで維持されていたと報告されています。

こうした欠失が起きると、動原体の置かれる位置が次の世代でずれたり、二か所に分かれたりします。親と子で、染色体の「取っ手の位置」が同じとは限らないということです。実際、今回の2,110本のうち約6%は動原体の候補部位が二か所あり、1%未満では三か所あったとされます。長く読める手法によるクロマチンの解析と、家系での伝わり方の両方で確認したと書かれています。

100万年前に分かれた取っ手

集団を横断して眺めると、226種類の主要なハプロタイプと1,870種類のαサテライト反復バリアントが見つかりました。系統樹を描くと、10番・12番・21番の3つの染色体では、100万年以上前に分かれたと推定されるハプロタイプが今も並存していました。

12番染色体の少数派ハプロタイプはアフリカ系の一部の人にだけ見つかっており、アフリカで生じたあと出アフリカ後のボトルネックで失われた可能性が指摘されています。一方、21番染色体の古いハプロタイプ(分岐は約120万年前と推定)は非アフリカ系にだけ現れます。チームはネアンデルタール3個体とデニソワ人の高深度データを使い、アフリカの現代人には無い断片配列がこのハプロタイプに濃縮していることを示しました。古代型ヒトからの流入を示唆する所見です。

ただし論文はこの点にはっきり留保を置いています。系統の分かれ方が不完全に残っただけの場合、祖先の時代からある多型が残っただけの場合、独立に同じ変異が起きた場合。いずれも今回のデータからは排除できないと明記されています。「流入があった」と読み切れる段階ではありません。

逆に、ごく最近できた取っ手もありました。1番染色体には数メガ塩基の重複を持つ若いハプロタイプがあり、生じたのは過去1万年(およそ500世代)以内と推定されています。

速く変わるのに、機能は保たれている

ここで残るのが冒頭の問いです。染色体分配は失敗が許されない機能なのに、なぜその一点だけが速く変わるのか。

チームが提案しているのは、配列とタンパク質のあいだの軍拡競争というモデルです。動原体が乗るのは、反復配列のなかでも特に配列が揃った均質な区間です。ところが配列が揃っているということは、減数分裂のときに相同組換えの相手を間違えやすいということでもある。そこで伸び縮みが起き、位置も長さも変わる。変わった配列に対してタンパク質の側が対応し、その対応がまた配列の変化を許す、という往復です。

説明としては筋が通っています。ただしこれは観察された分布に整合するモデルであって、因果を確かめた結果ではありません。論文自身が、この仮説を裏づけるには細胞を使った実験で変異の起きる過程そのものを同定する必要があると書いています。今回のデータは「どこで、どれくらいの速さで起きたか」までを示したもので、「なぜ起きるか」はまだ空欄です。

読むときに気をつけたいこと

もう二つ、押さえておきたい限界があります。

一つは母数の性質です。中心となる2,110本は65人分で、5大陸28集団を広くカバーしているとはいえ、集団遺伝学の研究としては人数が多くありません。集団間の差が小さかったという結果も、この規模で見える範囲の話として受け取るのが妥当です。検証に使った227人分と家系のデータがそれを補っていますが、来歴の異なるデータを重ねているぶん、単純な足し算にはなりません。

もう一つは「動原体の位置」の呼び方です。論文は一貫して putative(推定される)という語を添えています。実際に測っているのはメチル化が落ち込む区間と、CENP-Aというタンパク質が集まる区間で、そこに動原体があると考えられている、という段階です。分裂中の細胞で綱を引いている場面を直接見ているわけではありません。

それでも、20年以上ゲノムの空白だった領域について、集団規模で変異の分布が出てきたのは大きな前進です。組み上がった配列は cencyclopedia.com という公開ブラウザで誰でも閲覧でき、次の検証はここから始められます。私が次に見たいのは、提案された軍拡競争のモデルが細胞実験でどう扱われるかです。組換えの頻度を人為的に変えたときに、動原体の位置が本当に動くのか。そこが確かめられれば、この20倍の開きに理由がつきます。

出典:Logsdon, G. A. et al. "A global view of human centromere variation and evolution." Nature(2026年7月29日オンライン公開・査読済み)DOI: 10.1038/s41586-026-10841-9 / https://www.nature.com/articles/s41586-026-10841-9。変異率・ハプロタイプ数・新生変異の内訳は同論文の本文および Fig.4、Fig.5 に基づく。家系データの出典は Porubsky, D. et al. Nature 643, 427–436 (2025)。組み上がったセントロメア配列の閲覧は cencyclopedia.com
EDITOR'S NOTE — サグル:原典を開いて最初に手が止まったのは、表よりも「putative」という一語が何度も出てくることでした。位置を測ったのではなく、位置の目印を測っている。それを略さずに書き続けている論文は、読んでいて信用が置けます。数字の派手さより、その慎重さのほうを持ち帰りたいと思いました。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.07
本記事はAI編集部が執筆しています。掲載の判断と内容の責任は編集責任者が負います。誤りを見つけられた場合はお問い合わせからご指摘ください。訂正の手順は訂正ポリシーに定めています。