生命科学 — 2026.08.19 NO.046 / TSUGINOTE SCIENCE

口も腸もない虫が、微生物のつくったプラスチックを食べているようです

折りたたまれたタンパク質の立体構造のイメージ図。今回見つかったのも、特定の分子だけを切り分ける酵素というタンパク質

要点:細菌や古細菌は、余った炭素をポリヒドロキシアルカン酸(PHA)という物質にして細胞の中に貯めます。これは人間が生分解性プラスチックとして使っている物質と同じもので、分解できるのは微生物だけだと長く考えられてきました。ドイツのマックス・プランク海洋微生物学研究所を中心とした研究チームは、地中海の砂に住む口も腸もない虫からPHAを分解する酵素を見つけ、同じ系統の酵素が9つのにまたがる66種を超える動物のゲノムに見つかったと報告しました(査読済み・Nature Ecology & Evolution、2026年8月13日、DOI: 10.1038/s41559-026-03153-8)。カイメン・ミミズ・トビムシの酵素は、実験室でも実際にPHAを分解したとされています。

この研究は、大きな仮説から始まったのではなく、一匹の変わった虫から始まっています。だからまず、その虫の話から書きます。

名前は Olavius algarvensis。イタリアのエルバ島の沖、海草の生えた海底の砂の中にいる、体長2センチほどの虫です。白く見えるのですが、それは体の色ではありません。皮膚のすぐ下にびっしり詰まった共生細菌の層が透けているからだと説明されています。

この虫には、口がありません。腸もありません。排出のための器官もありません。餌を外から取り込む代わりに、皮膚の下で細菌を飼い、その細菌を消化して生きています。栄養の取り込みと廃棄物の処理を共生細菌に預けきった結果、消化系と排出系そのものを失った、という状態です。


細菌が貯めていた「弁当」に、手が届くのか

研究の出発点になった問いは、この共生関係の中身を見たところから出てきました。虫が飼っている細菌のうちの一種が、炭素をPHAの形で大量に貯め込んでいたのです。

PHAは、微生物にとっての貯蔵物質です。炭素とエネルギーが余っているときに細胞内で合成し、足りなくなったら取り崩す。人間の側から見ると、これは水にある程度強く、成形もできる樹脂で、食品包装や衛生用品、肥料をゆっくり出すための粒、医療の縫合糸や体内で分解される埋め込み材などに使われています。生分解性プラスチックの一種として売られているものの正体が、微生物の貯蔵物質だということです。

責任著者のニコル・ドゥビリエ氏は、発表資料でこう述べています。

“One of the worm’s bacterial symbionts stores enormous amounts of carbon as PHA. We wondered whether the worm had evolved a way to access this rich energy reserve.”
(虫の共生細菌のうち一種が、膨大な量の炭素をPHAとして貯めている。この豊かなエネルギーの蓄えに手を伸ばす方法を、虫が進化させたのではないかと考えた。/本紙訳)

ここが面白いところだと思います。細菌の中に弁当が入っている。その弁当を、飼い主である虫が開けられるのかどうか。開けられるとしたら、開けるための道具を持っているはずです。

酵素は、消化している場所にありました

チームは虫からPHAを分解する酵素を見つけたと報告しています。長くつながったPHAの鎖を、動物が使える小さな分子まで切る酵素です。

報告の中で私がいちばん効いていると感じたのは、酵素があったという事実そのものよりも、その酵素がどこで作られているかを見た部分です。高解像度の画像から、酵素は虫が共生細菌を消化している場所でちょうど作られていることが示されたとされています。道具が、使うべき現場に置かれていた、という順番です。

ただし発表資料の書き方は慎重で、ここから言えるのは「虫が共生相手の貯めたPHAに手を届かせられることを示唆する」までです。虫が実際にどれだけの割合の炭素をこの経路から取っているか、という量の話には踏み込んでいません。


一匹の話で終わらなかった

ここまでなら、変わった虫の変わった暮らしの話です。研究が向きを変えるのは次の段階で、チームは動物界全体のゲノムを横断して、似た酵素があるかを探しました。

結果として、関連する酵素は9つの門にまたがる66種を超える動物に見つかったと報告されています。門というのは、脊椎動物や節足動物、軟体動物のような大きな括りの単位です。9門というのは、系統樹の上でかなり離れた枝が混じっている、という意味になります。

さらに、系統的に遠い動物から取り出した酵素を実験室で試したところ、カイメン、ミミズ、トビムシの酵素も微生物のPHAを分解したとされています。筆頭著者のカロリーネ・ツァイドラー氏は、この点を「本当の驚きだった」と述べています。海の虫一匹で見つかったものが、生命の樹の全く違う枝を共有する広い能力だったという趣旨です。

報告されている中身を段階で分けると、言えることの強さが違います。混ぜて読まないために表にしておきます。

段階やったことそこから言えること
1虫の酵素を同定し、作られている場所を画像で確認この虫が共生細菌のPHAに手を届かせている可能性が示唆される
2動物界のゲノムを横断して類縁の酵素を探索9門・66種超に配列として存在する(働いているかは配列だけでは決まらない)
3カイメン・ミミズ・トビムシの酵素を実験室で試験系統的に遠い動物の酵素も、条件下でPHAを分解した

2段目と3段目の違いは、読むときに大事なところです。ゲノムにその配列があることと、生きた体の中で実際にPHAを食べていることは、別の主張です。3段目は酵素を取り出した試験なので、動物が自然界でそれをやっているかどうかまでは決めていません。

まだ分かっていないこと

研究者たち自身が、二つの点をまだ分からないこととして挙げています。この働きが自然界でどれくらい広く起きているのか。そして、炭素の循環に対してどれくらいの寄与があるのか。どちらも量の問題で、今回の報告は量を測ったものではありません。

私の側で気をつけたい点をもう一つ足します。この研究が扱っているのは微生物が作るPHAであって、ペットボトルやレジ袋のような石油由来のプラスチックではありません。「ミミズがプラスチックを分解する」という一文だけが切り取られると、海洋プラスチック問題に直結する話のように読めてしまいます。今回の対象は、土壌や堆積物、水の中にもともと存在している物質です。

逆に、産業として作られるPHA製品の側には関わりがあります。PHAは生分解性を売りにした素材ですが、自然の中で誰が分解しているのかは、これまで微生物だけを想定して語られてきました。そこに動物も加わるかもしれないという見立ては、素材が環境でどう消えていくのかの前提に触ります。ただし、製品として成形されたPHAが動物の酵素でどう扱われるかは、今回の報告からは分かりません。


共同責任著者のマギー・ソギン氏は、動物はおそらく何億年もこの天然のプラスチックを食べてきたのだろうと述べています。何億年という言い方はこの研究が年代を測って出した数字ではなく、9門にまたがっているという分布からの見立てだと読むのが妥当だと思います。それでも、系統樹の広い範囲で共有されている能力ほど古い、という推し方には筋が通っています。

次に確かめられそうなことを一つ挙げます。ゲノムに配列があった66種のうち、生きた体の中で実際にPHAを分解している種はどれだけあるかです。今回は虫1種で場所まで確認し、3種で酵素の働きを確認した、という段階です。この差を埋める作業がどこまで進むかで、この話が変わった虫の逸話にとどまるのか、食物網の見取り図を書き換えるものになるのかが決まります。

出典:Caroline Zeidler, Harald Gruber-Vodicka, Dolma Michellod, M. Grace D’Angelo, Stefan Becker, Henry Berndt, Juliane Wippler, Marlene Violette, Manuel Kleiner, Alba Porta-Fidalgo, Rebekka S. Janke, Kristina Weinert, Manuel Liebeke, Nicole Dubilier, Maggie Sogin, "Animal degradation of microbial storage polyhydroxyalkanoates", Nature Ecology & Evolution, 13 August 2026, DOI: 10.1038/s41559-026-03153-8(査読あり)。Max-Planck-Gesellschaft プレスリリース「Nature’s original bioplastic is food for animals」2026年8月13日(マックス・プランク海洋微生物学研究所/ブレーメン)。EurekAlert!(AAAS)配信版「Nature’s original bioplastic is food for animals」2026年8月13日。引用の和訳と、段階ごとの整理は本紙による。原著論文の全文は本紙では参照していない(発表資料と配信版の記載に基づく)。
EDITOR'S NOTE — サグル:発表資料を読みながら、自分がどこで「食べている」と言い切りたくなるかを観察していました。酵素が消化の現場で作られていた、という一文が出てきたところです。道具が現場にあると、使っている絵が頭の中で完成してしまう。けれど原文は示唆するという語を選んでいて、そこは越えていません。今回いちばん書きにくかったのは、66種という数字の扱いでした。配列があることと働いていることの距離を、数字の勢いに任せて詰めないようにしています。原著の全文を読めていないので、段階の切り分けが著者らの整理と一致しているかは確かめられていません。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.19
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