生命科学 — 2026.08.23 NO.051 / TSUGINOTE SCIENCE

縄文人42人のゲノムから、寒さへの適応の跡が報告されました。時期がいちばんはっきりしたのは、熱を作る遺伝子より脂を運ぶ側です

DNAの二重らせんと塩基配列を模した図。今回の報告は遺跡から出土した人骨に残る古代ゲノムを42個体分そろえて、変異の頻度の偏りを調べたもの

要点:東京大学の渡部裕介特任助教・太田博樹教授、東京都立大学の山田康弘教授・出穂雅実准教授、九州大学の西村貴孝准教授らの国際共同研究グループが、縄文人の古代ゲノム42個体(うち25個体は新たに抽出・解読)を統合して解析し、寒冷環境への適応と整合的な自然選択の痕跡を見出したと報告しました(査読済み・Science Advances、2026年8月13日付掲載、DOI: 10.1126/sciadv.aea7469)。痕跡が挙げられたのはFTO・ZPR1–APOA5・ALDH1A2–LIPCという体格と脂質代謝に関わる領域で、なかでもAPOA5を含む領域では、最終氷期に相当する時期に変異の頻度が急速に上がった可能性が示されました。祖先系統が大陸の集団から分かれたのは約2.7万〜1.9万年前と推定されています。ただし測られたのはゲノム上の痕跡であって、当時の人がどれだけ寒さに耐えられたかではありません。

縄文人は、約1万6千年前から日本列島に定住し、世界最古級の土器文化をもちながら1万年以上にわたって狩猟採集の生活を営んだ集団だとされます。ただしこの語が抱える幅は広い。1万年を超える時間と、列島各地にわたる空間を一つの名前で呼んでいるので、発表資料でもあくまで資料上・研究上の呼称として使われています。今回の報告が「縄文人」と呼んでいるのは、考古学的に縄文時代に属する遺跡から出土した人骨に由来する古代ゲノムです。

これまでの古代ゲノム研究で、縄文人が東ユーラシアのなかでも早い段階で分かれた系統であり、現代日本列島集団の祖先の一部を構成することは示されてきました。分かっていなかったのは、その先です。祖先はいつ大陸の集団から分かれたのか。最終氷期という条件のもとで、体の側に何か起きたのか。今回の報告は、この二つに数字を付けようとしたものです。


42個体のうち、25個体が新しい

解析に使われたのは縄文人42個体の古代ゲノムです。うち25個体は研究グループが新たに人骨からDNAを抽出して全ゲノムを解読したもので、残る17個体は既報のデータにあたります。古代DNAは断片化と汚染に弱く、1個体を読むだけでも専用の設備と手順が要ります。42という数は、そういう手間の積み上げとして見るほうが実感に近い。

42人で集団の話ができるのでしょうか。できることと、できないことが分かれます。個々の人物の体質は分かりません。一方、ある変異が集団のなかでどれくらいの割合を占めていたかは、個体数が増えるほど推定が落ち着きます。今回の要点は、1個体のゲノムから読み取れる何かではなく、42個体を並べたときに見える頻度の偏りにあります。

分かれた時期が、いちばん寒い時期に重なる

まず集団史から見ていきます。縄文人の祖先系統は、約2.7万〜1.9万年前に東ユーラシア大陸の集団から分岐したと推定されました。考古学的には後期旧石器時代の中ごろから後半にあたります。

この年代に見覚えがあるなら、偶然ではありません。最終氷期最盛期(LGM)は約2.6万〜1.9万年前とされており、分岐の推定期間とほぼ重なっています。当時は海水準が低く、本州・四国・九州はひとつの島「古本州島」としてつながり、北海道はサハリンと千島列島を介して大陸側へ連なる陸地の一部でした。分かれた時期と、地形が変わった時期が同じ時間軸に乗っている、という並びです。

あわせて有効集団サイズの推定が示されました。縄文人系統はLGMに数が落ち、本州以南の系統では縄文時代の開始期に回復したことが示唆されています。有効集団サイズは遺伝的多様性から計算される理論上の個体数で、実際の人口そのものとは一致しません。増減の向きを読む指標であって、何人いたかを言う指標ではない、という前置きが要ります。

北海道は、あとから広がったのかもしれない

地域差も出ています。北海道の縄文人は、本州以南の縄文人と約1万〜8,800年前に分岐したと推定されました。素直に読むと、北海道の旧石器時代の集団がそのまま後の縄文人へ連続したのではなく、完新世に本州由来の縄文人が北海道へ広がった可能性がある、ということになります。

人類が東ユーラシアの東端へ到達した経路については、ヒマラヤ山脈以南を通る南回りと、バイカル湖周辺を通る北回りの二つが考古学から示されてきました。2018年に報告された伊川津の縄文人ゲノム(IK002)では、この個体が南回りの子孫であることが示され、北回りからの遺伝子流入の痕跡は検出されませんでした。今回、42個体を対象に同じ問いを立て直したところ、列島の北から出土した人骨のほうが、南から出土した人骨より、北東アジアの後期旧石器時代集団に由来する可能性のある影響が相対的に高かったと報告されています。1個体では出なかったものが、42個体では弱く見えた、という形です。発表資料はこれを、列島の後期旧石器時代文化に見られる北方的要素と整合的だと位置づけています。

痕跡が挙げられたのは、熱を作る側より脂を運ぶ側

今回もっとも新しいところが、自然選択の痕跡です。研究グループは全ゲノムを対象に正の自然選択のスキャンを行いました。用いた指標はrXP-nSLで、ハプロタイプにもとづく選択のシグナルと、ゲノムワイド関連解析で得られた「その領域がどの形質と関係するか」の情報を統合するものだと説明されています。閾値は、ゲノム全体の経験分布の上位5%に置かれました。

寒さと関係する遺伝子として先行研究が挙げてきた名前には、UCP1とTRPM8があります。UCP1は褐色脂肪組織で熱を作る仕組みに関わり、TRPM8は冷たさの感覚に関わります。縄文人では、これらの遺伝子上の変異が高い頻度で見られたと報告されました。ただし、選択スキャンで強い痕跡として挙げられている領域の名前は、これとは別です。

痕跡が挙げられた領域関連するとされる形質
FTO体格(BMI)
ZPR1–APOA5中性脂肪(TG)などの脂質
ALDH1A2–LIPC総コレステロール(TC)・HDLコレステロールなどの脂質

三つとも体格と脂質代謝の側です。褐色脂肪組織による非ふるえ熱産生と、中性脂肪の利用に関わる領域だと説明されています。非ふるえ熱産生は、筋肉を震わせずに熱を作る仕組みで、細胞のなかのミトコンドリアが脂肪酸などを使って熱を出します。熱を作るスイッチそのものより、その燃料をどう回すかの側に痕跡が出た、という読み方になります。

そして時期がいちばんはっきりしたのがAPOA5です。この領域では、最終氷期に相当する時期に変異の集団内の頻度が急激に上昇したことが分かったと報告されています。頻度が上がった時期が寒冷期に重なるのなら、縄文時代以降に偶然残ったものではなく、後期旧石器時代の祖先集団において強められた可能性が出てきます。今回の報告が「氷期の寒冷適応」と言えるかどうかは、この一点に乗っています。

ここから先は、この報告には書かれていない

では、縄文人は寒さに強かったのでしょうか。そう言い切れる材料は、この報告にはありません。出ているのはゲノム上の統計的な痕跡と、その領域が現代の集団で何の形質と関連づけられてきたかの対応です。当時の人の体温維持能力を測ったわけではなく、発表資料でも「寒冷環境への適応と整合的な痕跡」「関与した可能性」という書き方が保たれています。

選択スキャンの側にも留保があります。上位5%という閾値は経験分布から引いた線で、選択の有無を分ける境界ではありません。さらに、人口の増減や集団の分断は、選択がなくても選択に似た信号を作ることがあります。今回のようにLGMで有効集団サイズが落ちたと推定されている系統では、その切り分けが常に課題として残ります。

現代の話へ橋を架けるときは、もう一段慎重にしたいところです。先行研究では、現代日本人に残る縄文人由来の遺伝的要素が肥満や脂質代謝に関与する可能性が示唆されている、と発表資料は述べています。示唆であって、個人の体質や病気のなりやすさが決まるという話ではありません。ここは本紙の側でも線を引いておきます。

北海道の後期旧石器時代が、まだ空欄です

今回の発表資料には、著者ら自身が次の一手を書いている箇所があります。北回りルートの検証です。列島の北、とくに北海道の後期旧石器時代のヒトゲノム情報が得られれば、検証は大きく進むと期待される、とあります。今回の結果は「北の人骨のほうが相対的に高い」という比較のなかでしか言えていません。比べる相手の片方が空欄のままだからです。ここが埋まるかどうかで、いま弱く見えている信号が形になるのか、消えるのかが決まります。

出典:東京都立大学プレスリリース「【研究発表】縄文人ゲノムから見えてきた 氷期を生きた東ユーラシア狩猟採集民の寒冷適応 ――古代DNAから探る後期旧石器時代の進化的遺産――」(2026年8月18日)https://www.tmu.ac.jp/news/topics/38725.html / 論文:Watanabe, Y. et al. Jomon genomics reveal cold adaptation in Upper Paleolithic hunter-gatherers of eastern Eurasia. Science Advances(査読済み・2026年8月13日付掲載・DOI: 10.1126/sciadv.aea7469)https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aea7469 / 東京大学大学院理学系研究科の発表ページhttps://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/info/6987/
EDITOR'S NOTE — サグル:この記事で本紙が読んだのは、共同研究機関である東京都立大学の発表資料と、そこに記載された論文情報です。論文本文の図の数値や、rXP-nSLの具体的な値までは、こちらでは確認できていません。それでも書ける範囲があると判断したのは、発表資料が閾値の置き方(上位5%)と指標名を明記しており、どこまでが推定でどこからが可能性なのかを自分たちで書き分けていたからです。「判明した」と読みたくなる話ほど、発表した側が使っている動詞をそのまま運ぶのが安全だと思っています。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.23
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