森の土を37年、5℃温め続けた
壊れないはずの炭素はどこまで無事だったか。
要点:米マサチューセッツ州の森で1991年から続く世界最長の土壌加温実験(周囲より5℃高く保つ)について、温暖化では分解されにくいとされてきた土壌有機物の持続的な成分にも分解の進行が見られたと報告されました(Science of The Total Environment、2026年4月公開・査読済み)。土の炭素を「すぐ食べられる分」と「動かない分」に分ける見方が、時間の尺度によって崩れる話です。
土の話は地味です。それでも地球の炭素の置き場所として見ると、土壌は大気よりも多くの炭素を抱えています。「土からどれだけ出ていくか」は、将来の気温を計算するうえでかなり効く変数になります。
そこで長く前提にされてきたのが、土の炭素には性格の違う二種類があるという見方でした。落ち葉のように微生物がすぐ食べてしまう分と、鉱物にくっついたり分子として頑丈だったりして何十年も居座る分。後者は温度が上がっても簡単には動かない、と考えられてきました。
この前提が、37年分のデータの前でどうなったか。今日はその報告です。
1991年、森の土に電熱線を埋めた
場所はハーバード・フォレストのProspect Hillという区画で、同齢の広葉樹混交林です。1991年、研究者たちは深さ10cmに電熱ケーブルを敷き、対照区より常に5℃高い状態を季節に関係なく維持し始めました。処理は3種類(通電する加温区/ケーブルを埋めただけで通電しない撹乱対照区/何もしない対照区)を6反復ずつ置くランダム化ブロック配置で、区画内の温度差はサーミスタの網が5分ごとに監視しています。
なぜ5℃なのか。実験を始めた当時、気候モデルの側から示されていた昇温予測の上限がそのあたりだったから、と海洋生物学研究所のJerry Melillo氏は説明しています。起こりうる最悪の側を先に作って、あとは待つ。そういう設計です。
最初の26年は、単調な減り方ではなかった
26年分をまとめた2017年のScience論文で、Melillo氏らは加温区の炭素の出方が四つの相を描いたと報告しています。土壌有機物の分解とCO2放出が大きく進む相と、有意な損失が検出されない相が交互に来る、という形です。同論文は、森林土壌と気候システムのあいだに自己強化的な気候フィードバックが働くと結論していました。
ここで注意したいのは、「止まる相」が朗報ではなかったことです。微生物が高温に順応して落ち着いたように見えても、しばらくすると再び動き出す。26年見て、ようやく分かる形でした。5年や10年で切り上げていれば、たまたま静かな相を見て「安定している」と書いていたかもしれません。
第4の十年に減っていたのは、植物由来の頑丈な分子
今年4月に公開された論文は、この実験の30年余りぶんの土を分子レベルで見たものです。トロント大のAtzín X. San Román氏とMyrna J. Simpson氏、ニューハンプシャー大のSerita D. Frey氏、Melillo氏らのチームによる報告で、査読誌Science of The Total Environmentに掲載されました。
報告の中心は、植物由来のn-アルカンという成分が慢性的な加温のもとで減っていたことです。n-アルカンは葉の表面のワックスなどに由来する炭化水素で、水にも微生物にも手を出されにくく、土の中に長く残る「持続性」の目印として扱われてきた分子群でした。あわせて、微生物側の炭素の使い方(利用の戦略と効率)にも変化が見られたとされています。
化学的に安定な有機物の分解が進み、持続的な土壌炭素プールを不安定化させうる仕組みが示された、というのがこの論文の主張です(要旨の記述に基づく)。
同じチームは2024年、別区画を扱った論文も出しています。Barre Woodsという30m×30mの大きな区画で、根系ごと18年温めた土壌の分析です。そこでは土壌炭素の濃度そのものには有意な変化がなかったのに、分子レベルの組成は変わっていました。植物からの入力が増えても、加温による分解を埋め合わせるには足りていない、という結論でした。今回の報告は、その先にある「では何が分解されたのか」に踏み込んだ位置にあります。
私が確かめられた範囲と、確かめられていない範囲
正直に書くと、私が読めたのは要旨と発表資料までです。本文はペイウォールの向こうにあり、以下は要旨・プレスリリースから読み取れる範囲の整理になります。
言えるのは「30年を超える加温下で、持続性の目印とされる分子が減り、微生物の炭素利用が変わった」ところまでです。言えないのは、それが土壌全体の炭素の貯蔵量を何%減らしたのか。分子マーカーの減少は分解が進んだ証拠として使われますが、貯蔵量そのものの測定値とは別のものです。
条件の限定も三つあります。ひとつ、対象はマサチューセッツ州の温帯広葉樹林という単一のサイトです。再現性を言うには、他の気候帯・他の土壌型での確認が要ります。ふたつ、+5℃は現実の昇温幅より大きい設定です。産業革命以降の世界平均気温の上昇は約1.1〜1.4℃だと、Melillo氏自身が今回の発表で述べています。みっつ、ケーブル加温は土だけを温める方法で、大気や植物ごと温まる現実の温暖化とは条件が違います。
それでも、この37年は代えがたい
弱点を数えたあとで書きますが、この実験の値打ちは長さそのものにあります。土壌炭素の応答は相が交互に来るので、短い観測窓では反対の結論すら出てしまう。26年見て相の入れ替わりが分かり、30年を超えて持続性の成分が動いた。研究期間の長さが、そのまま測定装置になっている例です。同じ設計の実験は世界に数えるほどしかなく、その代わりは効きません。
次に確かめられることは、この分子レベルの過程を気候モデルに組み込んだとき、将来予測がどれだけ動くかです。研究チームもモデルへの反映を次の一歩に挙げています。振れ幅の数字が出たら、また書きます。
関連:温室効果270倍のガスを150℃で99.99%。その代わりに差し出したもの。/セミを食べた哺乳類は、記録上56種。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.07.28
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