生きもの — 2026.08.06 THU NO.030 / TSUGINOTE SCIENCE

哺乳類でいちばん速い狩りは、0.12秒
ホシバナモグラの鼻の22本は、同じ役目ではありません

ホシバナモグラの鼻先を描いたイラスト。放射状に伸びる肉質の突起が花のように開き、その表面が細かな粒でびっしり覆われている様子

要点:北米の湿地にすむホシバナモグラ(Condylura cristata)は、獲物に触れてから飲み込むまで最短120ミリ秒、平均227ミリ秒と報告されています(Nature、2005年・査読済み)。記録上もっとも速い哺乳類の採餌者です。この速さを支えているのが鼻先の「星」で、22本の突起に約25,000個のアイマー器官が並び、10万本を超える有髄神経線維が通っています。ただし22本は横並びではありません。いちばん内側の1対だけが別の使われ方をしており、研究者はそれを目の中心窩になぞらえて触覚のフォベアと呼んでいます。

0.12秒という数字から始めさせてください。まばたき一回よりも短い時間です。この間に、ホシバナモグラは土のなかで何かに触れ、それが食べられるものかを決め、口に入れて飲み込むところまで終えています。高速度カメラで記録した映像を解析したKenneth Cataniaさん(ヴァンダービルト大学)とFiona Rempleさんが2005年のNatureで報告した値で、平均は227ミリ秒、最短が120ミリ秒でした。

速い、で終わらせると、この生きもののいちばん面白いところを取り落とします。私が知りたかったのは、その0.12秒の内訳のほうでした。何にどれだけ使っているのか。そこを順に降りていくと、鼻の形の意味が見えてきます。

まず、0.12秒を分解してみる

ホシバナモグラは掘りながら、鼻先の星を土の壁に細かく打ちつけるようにして進みます。この打ちつけの速さが、記録では1秒あたり10〜13か所。人間の目が文章を読むときに視点を飛ばす動き(サッカード)とよく似た速度だと、Cataniaさんは書いています。

つまり1回の接触は100ミリ秒足らずしかありません。そのわずかな接触のなかで、「これは食べ物か、ただの根や小石か」を判定しなければ、次の場所へ星が飛んでしまいます。Cataniaさんはこの判定そのものに要した時間をおよそ8ミリ秒と見積もりました。ここは大事なところなので分けて書きます。8ミリ秒は神経細胞を直接測った値ではなく、行動の映像から逆算された推定値です。神経の伝導にかかる時間の下限に近く、これ以上速くはできないだろう、という意味で「速度の限界」と表現されています。

証拠として挙げられているのが「ダブルテイク」でした。映像のなかで、モグラが一度通り過ぎた獲物に戻ってきて確かめ直す場面があるのです。急いだせいで取りこぼす。取りこぼしてから戻る。限界まで速くしている生きものだけがする失敗だと解釈されています。私はこの一節がいちばん好きです。完璧に見える仕組みの端に、ちゃんと不器用さが残っている。

その0.12秒を可能にしている、1センチの器官

では、そんな短い接触で何が分かるのか。鼻の話に移ります。

ホシバナモグラの鼻先には、肉質の突起が放射状に生えています。片側11本、左右で22本。広げても直径1センチほどの小さな器官です。この表面が、細かな粒でびっしり覆われています。アイマー器官と呼ばれる触覚のセンサーで、1871年にドイツの動物学者Theodor Eimerが報告したことからこの名前が付きました。

数が尋常ではありません。星ぜんたいで約25,000個。そこへ10万本を超える有髄神経線維が通っていて、哺乳類の皮膚としては知られているかぎり最も高い神経支配密度だと報告されています。よく引かれる対比として、ヒトの手ぜんたいの触覚神経線維がおよそ1万7千本という数字が挙げられます(この対比は一般向け解説での引用で、比較の条件までは揃っていない点は差し引いて読んでください)。

星は22本。ただし11番目だけが「触覚のフォベア」として使われる(模式図) A. 鼻先の星(正面から) 1 1 11 11 直径およそ1cm / 突起22本 / アイマー器官 約25,000個 口に近い11番目の1対=触覚のフォベア B. アイマー器官1個(断面) 表皮の小さな膨らみ(直径 数十μm) 1個ごとに神経終末が束で入る ※ 断面はごく単純化した模式図で、寸法比は正確ではありません。 ※ 突起の長さの比は報告に基づく傾向を単純化したもので、実測トレースではありません。

22本のうち、1本だけ扱いが違う

ここからが今日いちばん書きたかったところです。22本は同じ仕事をしていません。

いちばん内側、口にもっとも近い11番目の1対は、ほかの突起より短く、アイマー器官の密度が高くなっています。そして行動を見ると、モグラは星のどこかで何かに触れると、そのあとわざわざ11番目をその対象に当て直してから口に入れる。前段の20本で「そこに何かある」と気づき、11番目で「何であるか」を決めているように見えます。

この使い分けが、私たちの目とよく似ています。ヒトの網膜には中心窩(フォベア)という解像度の高い一点があり、視野の端で動きを捉えると、目を動かしてそこへ中心窩を持っていきます。だから研究者たちは11番目を触覚のフォベアと呼びました。目を持たない生きものが、目とそっくりな解き方に行き着いていた。

脳の側にも対応があります。Cataniaさんらが1990年代に報告した体性感覚野の地図では、大脳皮質のなかに星の形がそのまま写し取られたような区画があり、11番目に割り当てられた面積は、体表の実際の面積比よりずっと大きく取られていました。皮膚の面積ではなく、情報の重要さに合わせて脳の土地が配られているということです。


なぜ、そこまで急ぐ必要があったのか

ここで疑問が出ます。速いのは分かった。でも、なぜそこまで速くなければならなかったのでしょう。

Cataniaさんらの2005年の論文が答えとして示したのは、採算の話でした。餌の「もうけ」は、得られるエネルギーを処理にかかった時間で割った値で表せます。大きなミミズなら、多少もたついても割が合う。ところが湿地の土のなかで数のうえで圧倒的に多いのは、ずっと小さな無脊椎動物です。小さい獲物は、1匹あたりのもうけが小さい。時間をかけた瞬間に赤字になる。

だから、小さな獲物をメニューに加えたければ、処理時間を削るしかありません。論文の題にある「漸近的な餌の収益性」とは、処理時間を短くしていくとやがて頭打ちになる、その限界まで選択圧が押し切った、という意味です。星の異様な形は、贅沢ではなく採算の帰結だったことになります。

ただし、これは「速さが選ばれた」という説明の筋であって、進化の道筋を直接観察したものではありません。化石で追える器官でもないので、系統のどの段階でどう変わったかは推定に留まります。そこは正直に書いておきます。

おまけのように、水のなかでも嗅ぐ

ホシバナモグラは半水生で、川べりや湿地で潜ります。長いあいだ、哺乳類は水中では匂いを嗅げないと考えられてきました。鼻に水が入ってしまうからです。

2006年、CataniaさんはNatureに短い報告を出しました。潜ったホシバナモグラとアメリカミズトガリネズミが、鼻から小さな空気の泡を吐き出して対象に押し当て、それを吸い戻していたという観察です。高速度撮影では、この泡の出し入れが毎秒5〜10回。陸上のネズミが鼻をひくひくさせる速さとほぼ同じでした。匂い分子を泡に移してから吸う、という段取りです。

触覚を使えないようにするため、星が通れないくらい細かい格子を仕切りに入れ、泡だけが通れる状態で水中の匂いの道をたどらせる実験も行われました。ミミズの匂いの道では5頭が75〜100%、魚の匂いの道では2頭が85%と100%の正答率でたどり着いたと報告されています。個体数はごく少なく、これだけで種全体の能力を語ることはできません。それでも「水中では嗅げない」という前提のほうが崩れた、という点で大きな報告でした。

同じ科の隣で、まったく別の解き方が選ばれている

最後にもうひとつ。Cataniaさんが2020年の総説で並べて論じているのが、同じモグラ科のヒガシアメリカモグラScalopus aquaticus)です。体の大きさも姿もよく似ていて、同じように地中で無脊椎動物を探して暮らしています。

ところがこちらの鼻に星はありません。アイマー器官は持っていますが数はずっと少なく、代わりに嗅覚で獲物の位置を絞り込んでいると報告されています。大脳皮質の作りも、ホシバナモグラほど複雑ではありません。

同じ課題、同じ科、似た体。それでも一方は触覚を極端に伸ばし、もう一方は匂いで解いた。どちらが優れているという話ではないと思います。暗い土のなかで生きるという一つの問いに、少なくとも二つの答えがあった。それだけのことが、私にはずいぶん豊かに感じられます。

日本の足元でも、同じ器官は働いています

ホシバナモグラは北米東部の生きもので、日本にはいません。星も見られません。それでも、話は無関係ではないのです。

アイマー器官はモグラ科に広く備わっていて、アズマモグラやコウベモグラ、ヒミズの鼻先にもあります。日本でも古くから解剖学的な記載が積まれてきました。星のような造形にはなっていませんが、暗い土のなかで鼻先の触覚を頼りにしているという点は、同じです。

観察のしかたとして、私からのお願いはひとつだけです。掘り返さないこと。モグラのトンネルは温度と湿度が保たれた住まいで、掘れば壊れます。代わりに見られるのは地上の痕跡のほうです。畑や公園の縁に並ぶモグラ塚は、掘った土を押し出した排土口の跡で、その並び方から通り道のおおよその向きが読めます。雨上がりに新しい塚が増えていたら、その下で誰かが働いていたということです。

塚をひとつ見つけたら、そこから2メートルほど離れてしゃがみ、並びを目で追ってみてください。地図が引けます。鼻先だけを頼りにその道をつくった相手のことを、少し想像できるようになります。

出典:Catania K.C., Remple F.E. "Asymptotic prey profitability drives star-nosed moles to the foraging speed limit," Nature 433:519–522(2005年・査読済み)doi:10.1038/nature03250/Catania K.C. "Underwater 'sniffing' by semi-aquatic mammals," Nature 444:1024–1025(2006年・査読済み)doi:10.1038/4441024a/Catania K.C. "All in the Family – Touch Versus Olfaction in Moles," The Anatomical Record 303(1):65–76(2020年・査読済み)doi:10.1002/ar.24057/Catania K.C. "The sense of touch in the star-nosed mole: from mechanoreceptors to the brain," Philosophical Transactions of the Royal Society B 366:3016–3025(2011年・査読済み)doi:10.1098/rstb.2011.0128/Gerhold K.A. ほか "The star-nosed mole reveals clues to the molecular basis of mammalian touch," PLOS ONE 8(1):e55001(2013年・査読済み)doi:10.1371/journal.pone.0055001/Catania K.C., Kaas J.H. "Organization of the somatosensory cortex of the star-nosed mole," The Journal of Comparative Neurology 351(4):549–567(1995年・査読済み)PubMed 7721983/Catania K.C. ほか "Somatosensory organ topography across the star of the star-nosed mole," The Journal of Comparative Neurology(2016年・査読済み)doi:10.1002/cne.23943/柴内俊次「モグラのアイマー器官について」(J-STAGE 収載)J-STAGE/ヒトの手との神経線維数の対比は一般向け解説による二次情報:National Wildlife Federation(2018年)
EDITOR'S NOTE — メデル:8ミリ秒という推定値をどう書くかで、いちばん長く迷いました。行動の映像から逆算した値であって、神経を直接測った数字ではありません。そこを曖昧にすると、この生きものの精巧さがかえって安っぽくなる気がしたのです。それと、ダブルテイクの話をどうしても入れたくて残しました。限界まで速くしたせいで取りこぼし、戻ってきて確かめ直す。完成された装置ではなく、ぎりぎりで運用されている体なのだと分かる一場面でした。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.06
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