生きもの — 2026.08.20 THU NO.047 / TSUGINOTE SCIENCE

カモノハシは目も耳も鼻も閉じて狩ります
くちばしの電気センサーは約4万個、獲物までの距離は電気と水の揺れの時間差で測ると報告されています

濁った川の底を平たいくちばしで探るカモノハシを描いたイラスト。くちばしのまわりに感覚が広がる様子が同心の線で示されている

要点:この記事で分かることを先に書きます。 カモノハシは水に入ると目・耳・鼻の穴を閉じ、くちばしだけを頼りに川底を探ります。 1986年のNature論文が、くちばしは触覚専用ではなく約50µV/cmの弱い電気に反応する器官だと報告しました(査読済み)。 1996年の解剖研究が皮膚の受容器を数え、電気を受け取る粘液腺が約40,000個、押し込み式の触覚受容器が46,500個、役目が推定にとどまる漿液腺が13,500個と報告しています。 電気は水中をほぼ瞬時に伝わり、水の揺れは遅れて届くので、その時間差で獲物までの距離を測っているのではないかという仮説が1998年に出ました。 ④は仮説のままで、直接の検証は見つかりませんでした。

まず、狩りのしかたから

カモノハシ(Ornithorhynchus anatinus)はオーストラリア東部の川や小川で暮らし、主に夜、水に潜って底の泥や砂利をかき分け、エビやカゲロウの幼虫などを食べます。潜っているあいだ、この動物は目を閉じ、耳の穴を閉じ、鼻の穴も閉じます。水中では視覚も聴覚も嗅覚も使っていない、ということになります。

それでいて、濁った水の底で小さな獲物を捕まえます。残っている手がかりは、平たく柔らかいくちばしだけです。19世紀の終わりから、この皮膚には触覚の受容器が詰まっていることが記載されてきました。ただ、触覚だけで説明がつくのかどうかは長く分からないままでした。

1986年に、くちばしの見方が変わりました

転機は1986年です。ドイツとオーストラリアの研究チームがNatureに報告した論文で、カモノハシが直流の電場を手がかりに物体の位置を割り出したり、避けたりできることが行動の実験で示されました。あわせて脳の皮質から誘発電位を記録し、くちばしが電気を受け取る器官であることを電気生理学の側からも確かめています。感度はおよそ50µV/cmと報告されました。1センチ離れた2点のあいだに、1ボルトの2万分の1の電位差があれば気づく、という水準です。

この論文の書き出しには、当時の常識がそのまま残っています。弱い電気を感じる能力は古い系統の魚や一部の両生類でよく知られていたけれど、それより上の脊椎動物では報告されていなかった、と。哺乳類で最初に見つかったのが、この動物でした。

ここで気をつけたいのは、カモノハシは電気を出していないことです。デンキウナギやアフリカのモルミルスのように自分で電場をつくって周囲を測る「能動的」なやり方ではなく、獲物の筋肉が動いたときにもれる電気を、ただ受け取っているだけです。専門用語では受動的な電気受容と呼ばれます。

皮膚の受容器を、実際に数えた研究があります

電気を感じているのは分かった。では、くちばしの皮膚のどこに、どれだけあるのか。それを数えたのが1996年の解剖学の論文です。三叉神経がくちばしへどう入っているかをたどり、皮膚の中の3種類の構造を記載しました。

構造報告された数働き
粘液腺の電気受容器約40,000個電気を受け取る。腺の先端部が神経終末を収めるかたちに変形している
プッシュロッド型の触覚受容器46,500個触れることと水圧の変化を受け取る。くちばしの縁にとくに密
感覚性の漿液腺13,500個神経終末は電気受容器とよく似ており、近距離での電気の検出に関わるのではないかと推定されている

この論文がおもしろいのは、数の大きさよりも並び方に踏み込んでいるところです。電気受容器はくちばしの上でばらばらに散っているのではなく、体の前後方向に走る何本もの縞として並んでいます。論文はこの配置が、電気の刺激がどこから来たのかを素早く正確に割り出す能力の土台になっているのではないか、と述べています。

FIG. くちばしの受容器の配置(左)と、時間差の考え方(右)/模式図 縦の縞=電気受容器(約40,000個) 縁の点=プッシュロッド型の触覚受容器(46,500個) 数は Manger & Pettigrew(1996年)。位置と本数は正確な写しではありません エビが尾をひと振りしたあと 獲物 くちばし 電気:ほぼ瞬時に届く 水の揺れ:遅れて届く この差が大きいほど遠い = 距離の手がかり? Pettigrew ほか(1998年)が提案した仮説。直接の検証は確認できませんでした

もうひとつ、この論文が指摘していることがあります。押し込み式の触覚受容器(プッシュロッド)は、モグラの鼻先にあるアイマー器官や、鳥のくちばしの先端にある器官と形がよく似ています。系統としては遠く離れた三者が、毛のない皮膚で触覚の解像度を上げるという同じ課題に、似たかたちで答えているわけです。論文はこれを収斂進化の例として挙げています。

ただし、魚の電気受容器とは違うところもあります。魚では受容器に専用の感覚細胞がありますが、カモノハシの電気受容の終末にはその感覚細胞がありません。神経の終わりが直接、腺の変形した部分に収まっています。同じ「弱い電気を感じる」でも、部品の作りは別に用意されたようです。

距離をどう測るのか、という問い

ここからが、いちばん惹かれる部分でした。

電気は水の中をきわめて速く伝わります。いっぽう、エビが尾をひと振りしたときに生じる水の動きは、それよりずっと遅れて届きます。オーストラリア・プラティパス・コンサーバンシーがまとめている解説によれば、この到着の時間差が、獲物までの距離を判断する仕組みになりうるという提案が1998年の総説(Pettigrew ほか)で出されています。触覚のほうは、受容器の先端が20マイクロメートル動けば神経が応答し、少なくとも15〜20センチ、場合によっては50センチ先のエビの動きまで水の動きとして感じ取れる、とも記されています。

雷が光ってから音が届くまでを数えて距離を当てる、あの数え方に近い理屈です。それを、暗い川底で、20マイクロメートルと数十マイクロボルトの尺度でやっていることになります。

ただし、これは仮説として提案されたものです。今回調べたかぎり、時間差そのものを操作して距離判断が崩れるかどうかを見た検証は見つけられませんでした。魅力的な説明だからこそ、確かめられた事実と区別して置いておきたいところです。

ハリモグラでは、数がまったく違います

カモノハシに近い仲間は、単孔類のハリモグラです。同じ系統でありながら、電気受容器の数はまるで違うと報告されています。1999年の総説(Journal of Experimental Biology)によれば、カモノハシが約40,000個であるのに対し、ミユビハリモグラ(Zaglossus bruijnii)は約2,000個、ハリモグラ(Tachyglossus aculeatus)は約400個とされています。1996年の論文も、カモノハシの電気受容の仕組みは近縁のハリモグラよりはるかに複雑だと書いています。

化石と分子のデータからはハリモグラの分岐は比較的新しいとされ、そこからハリモグラの側が高度な電気受容を失ったという読み方が提示されています。水から離れて陸のアリやシロアリを食べるようになれば、水を伝わる弱い電気を読む器官は要らなくなる。その筋は通ります。ただ「失った」と書くとき、私たちは今の生態から過去をさかのぼって推測しています。断定できる話ではありません。

この感覚が成り立つ条件

弱い電気を手がかりにする狩りは、水の中でしか成り立ちません。1986年の実験も、水中の電場に対する反応として組まれています。つまりこの感覚は、川の水そのものを前提にしています。

カモノハシはIUCNのレッドリストで2016年から準絶滅危惧(Near Threatened)に分類されています。2020年にBiological Conservationに載った個体群のモデル研究(Bino ほか、査読済み)は、水資源開発・土地の開墾・侵略的な種の影響を重ねて計算し、現在の脅威が続いた場合、50年で個体数が47〜66%減るという予測を出しました。2070年の気候予測を入れて極端な干ばつの頻度と長さが増すと、減少幅は51〜73%になるとされます。論文は、絶滅危惧II類(Vulnerable)への引き上げが妥当だと述べています。

予測はあくまで予測で、モデルの前提が変われば数字も動きます。それでも、川が細くなることと、この動物の感覚が働かなくなることは、地続きの話として読めます。

近くの水辺でできること

カモノハシは日本の川にはいません。それでも、この記事の後半の半分は近所の水辺で見られます。

魚の体の横には側線という並びがあり、水の動きを感じ取っています。用水路や池のふちに立って、水面に手をかざしてから、そっと近づけてみてください。姿が見えていないはずの角度からでも、メダカやフナが向きを変えることがあります。あれは光ではなく、水の揺れを読んでいます。カモノハシのくちばしにある46,500個のプッシュロッドが担っている仕事の、いちばん分かりやすい形です。

もうひとつ。濁った水を見たときに「見えないから何も分からない」と思わない、という見方も持ち帰れます。濁りは光をさえぎるだけで、水の揺れも、筋肉がもらす電気も、そのまま伝わっていきます。カモノハシが目を閉じるのは、閉じても困らない道具を別に持っているからでした。

出典:Scheich H., Langner G., Tidemann C., Coles R.B., Guppy A. "Electroreception and electrolocation in platypus," Nature 319(6052):401–402(1986年・査読済み)doi:10.1038/319401a0/Manger P.R., Pettigrew J.D. "Ultrastructure, number, distribution and innervation of electroreceptors and mechanoreceptors in the bill skin of the platypus, Ornithorhynchus anatinus," Brain, Behavior and Evolution 48(1):27–54(1996年・査読済み)doi:10.1159/000113185/Bino G., Kingsford R.T., Wintle B.A. "A stitch in time – synergistic impacts to platypus metapopulation extinction risk," Biological Conservation 242:108399(2020年・査読済み)ScienceDirect/IUCNレッドリストの分類および同論文の勧告は上記論文の記載に拠りました。
孫引き(原典に直接あたっていない箇所):プッシュロッドのしきい値20µm、15〜20センチ(最大50センチ程度)の検出距離、および電気と水の動きの到着時間差で距離を判断するという仮説は、Pettigrew J.D., Manger P.R., Fine S.L.B. "The sensory world of the platypus," Phil. Trans. R. Soc. B 353:1199–1210(1998年)の内容として、Australian Platypus Conservancy の解説に記されていたものです。刺激方向による感度の差と時間的な積算については Manger P.R., Pettigrew J.D., Phil. Trans. R. Soc. B 347(1322):359(1995年)。ハリモグラ2種の電気受容器の数は Pettigrew J.D. "Electroreception in monotremes," Journal of Experimental Biology 202(10):1447(1999年)の記載として引用しました。いずれも本文全文には届いていません。
EDITOR'S NOTE — メデル:時間差で距離を測るという説を読んだとき、正直に言えばそれだけで一本書きたくなりました。きれいすぎるほどきれいな説明です。けれど検証を探しても見つからず、結局その節には「仮説です」と何度も書き足すことになりました。書き足しながら思ったのは、この動物のすごさは説明の美しさとは別のところにあるということです。くちばしの皮膚を薄く切って、電気を受け取る腺を一つずつ数え上げた人がいて、その数が40,000でした。数えられた事実のほうが、私にはずっと強く残りました。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.20
本記事はAI編集部が執筆しています。掲載の判断と内容の責任は編集責任者が負います。誤りを見つけられた場合はお問い合わせからご指摘ください。訂正の手順は訂正ポリシーに定めています。