化学 — 2026.08.22 NO.050 / TSUGINOTE SCIENCE

光を当てるだけで水から水素をつくる粉があります。同じ粉で効率が53.4%と82.1%に分かれた理由は、外側に貼った膜の位置でした

結晶の内部構造を示した模式図。今回の光触媒は高分子カーボンナイトライドの結晶で、面ごとに違う膜をかぶせて内部の電場の向きを変えている

要点:福州大学と清源創新実験室(中国・泉州)のXinchen Wangらのグループが、高分子系カーボンナイトライドの結晶を使い、水を水素と酸素に分ける全分解の見かけの量子効率を53.4%と82.1%まで上げたと報告しました(査読済み・Nature 656巻624–629頁、2026年7月29日オンライン公開、DOI: 10.1038/s41586-026-10866-0)。効いたのは材料の組成ではなく、結晶の特定の面だけを薄い膜で覆って内部に電場をつくり、層と層をまたぐ約200ナノメートルの縦向きの通り道を開いたことです。ただしこの82.1%は特定の波長の光に対する値で、太陽光のうち何割が水素になるかを示す数字とは別のものです。

太陽の光と水だけで水素をつくる、という話には単純な絵があります。粉を水に入れて、光を当てる。配線も電源も要りません。この方式は粒子系の光触媒による水の全分解と呼ばれ、装置が簡素なぶん広い面積に敷きやすい、というのが古くからの期待でした。

使う粉には、無機の半導体と有機の高分子があります。高分子は安く作れて、骨格をいじって光の吸い方や電子の流れを調整しやすい。ただし効率では無機に長く水をあけられてきました。無機材料では、量子効率がほぼ1に達した例が2020年にNatureで報告されています(今回の論文の参考文献にも挙がっています)。8月20日号のNatureに載った論文は、この差を高分子の側から詰めたという報告です。


82.1%は、何の82.1%なのか

太陽光の82.1%が水素になるのでしょうか。なりません。抄録が書いているのは「全分解に対する見かけの量子効率(apparent quantum efficiency)」です。これは、ある波長の光子を何個当てたときに、反応に使われた電子が何個あったかの割合を指します。光の量をエネルギーではなく光子の数で数える指標であって、太陽光のエネルギーのうち何割が水素の化学エネルギーへ移ったかを示すものではありません。後者は太陽光水素変換効率(STH)と呼ばれ、別に測ります。

同じ「効率」という語が分野ごとに別の量を指すのは、この領域では珍しくありません。電気化学ではファラデー効率が「流した電子の行き先」を測る指標として使われますが、これも電流をどれだけ流せたかとは別の話でした。数字の大きさを見る前に、分母と分子が何かを見るほうが早い。

論文の追加図には、見かけの量子効率の波長依存性を紫外可視拡散反射スペクトルと並べた図と、AM1.5G(1sun)の校正済み太陽光シミュレーターで気体の発生を追った図が、別々に載っています。量子効率と太陽光下のふるまいは、著者らも別の測定として扱っている、と読めます。なお本誌は購読制で、本紙が確認できたのは抄録・図の説明・追加図の説明までです。波長ごとの値とSTHの数値は、こちらでは確認できていません。

面の中では、もう伸びしろが小さかった

そもそも、なぜ高分子は効率で伸び悩んだのでしょうか。抄録は、光で生じた励起状態が「π共役した2次元の面の中に大きく閉じ込められる」ためだとしています。電子と正孔が同じ面に留まれば、また出会って消えてしまう確率が高い。再結合と呼ばれる取りこぼしです。

これまでの改良は、その面の中で電荷を引き離す方向に集中してきました。電子構造をいじる手立ては広く試されてきたけれど、量子効率のボトルネックは残り続けた、と抄録は書いています。長く手をかけて動かなかった、という前置きです。

著者らの見立ては、動かすべきは面の中ではなく面の外だ、というものでした。2次元の高分子は、シートがファンデルワールス力で積み重なった構造をしています。このシートとシートのあいだを電荷が流れてくれれば、面内に閉じた励起状態を、立体的に引き離された状態へ移せる。抄録はこれを「2次元に閉じた励起状態から、速度論で駆動される3次元的に分離した状態への移行」と表現しています。

面を選んで、膜をかぶせる

手立てはこうです。モデル材料に高分子カーボンナイトライドの結晶(追加図の説明ではポリ(トリアジンイミド)の単結晶と記されています)を使い、結晶の特定の面だけを選んでナノメートル厚の膜で包む。包む面を変えると、結晶の内部にできる電場の向きが変わります。横向きの電場をもつものと、縦向きの電場をもつものが用意されました。

結果として、面をまたぐ電荷の移動が「意外に長い距離」で働いたと報告されています。抄録が挙げている値は約200ナノメートルです。水の全分解に対する見かけの量子効率は、横向きの電場で53.4%、縦向きの電場で82.1%。骨格は同じ材料で、外側に置いた膜の位置だけが違います。

内部電場の向き全分解の見かけの量子効率
横向き(lateral)53.4%
縦向き(vertical)82.1%

いずれも抄録に明記された値です。どの波長で測ったかは、こちらでは確認できていません。

数字が乗っている足場

測り方のほうも見ておきます。追加図の説明によれば、入射する光子の数は物理放射計測で決め、反応液が実際に吸った光子の数は化学光量計で決めています。光源は単色のLEDで、波長方向の誤差棒には光源の線幅が使われています。縦方向の誤差棒は独立に調製した3バッチの標準偏差だとされ、量子効率の測定条件は補足表9から11にまとめられているとあります。

活性の測定側の条件は、触媒100mg、超純水100mL、減圧、288K、300Wキセノンランプ、照射面積33平方センチメートル。助触媒として酸化コバルトと、ロジウムを酸化クロムで包んだコアシェル構造を担持しています。後者は、いったんできた水素と酸素が再び水へ戻る逆反応を抑えるための工夫です。

そして、発生した水素と酸素の比がほぼ2対1だったと書かれています。地味な数字ですが、ここは見ておく価値があります。犠牲試薬を入れて半分の反応だけを速く回した場合、この比は崩れます。2対1が保たれているということは、電子の側と正孔の側が同じだけ使われている、つまり水そのものを分けている目印になります。

この報告が言っていないこと

耐久性はどうでしょうか。同じ号のNews & Views(オックスフォード大学のFilip Podjaski)は、高い効率が「達成され、維持された」と書いています。ただしこちらで確認できたのは、太陽光シミュレーター下の平均水素発生速度が3時間の反応から計算されている、というところまでです。何百時間の連続運転が示されたのかどうかは分かりません。

規模も実験室の寸法です。触媒100mg、照射面積33平方センチメートル。屋外に敷く話とのあいだには、まだ距離があります。

もうひとつ。量子効率が高いことは、その材料が吸える波長の幅が広いことを意味しません。ある波長で当たった光子をほぼ使い切れても、それより長い波長の光を吸えなければ、太陽光全体では取りこぼします。追加図が量子効率と吸収スペクトルを重ねて示しているのは、この二つを一緒に読ませるためだと考えられます。

次に確かめられること

面を選んで膜をかぶせ、内部電場で層をまたがせる。この考え方が、この材料に固有のものなのか、積み重なった高分子光触媒に広く効くのか。追試の焦点はそこになります。あわせて、同じ材料でのSTHの報告値と、連続運転の時間。この三つが出てくれば、82.1%が実験室の中だけの数字なのか、外へ持ち出せる数字なのかが見えてきます。

出典:Zhuzhang, H. et al. Photocatalytic water splitting by 2D polymer with out-of-plane carrier flow. Nature 656, 624–629 (2026).(査読済み・2026年7月29日オンライン公開/2026年8月20日号・DOI: 10.1038/s41586-026-10866-0)https://www.nature.com/articles/s41586-026-10866-0 / Podjaski, F. Activity of solar-driven polymer catalysts unleashed to produce a potential green fuel. Nature 656, 569–570 (2026).(News & Views・2026年8月19日・DOI: 10.1038/d41586-026-02373-z)https://www.nature.com/articles/d41586-026-02373-z / 比較として挙げた無機材料の先行研究:Takata, T. et al. Photocatalytic water splitting with a quantum efficiency of almost unity. Nature 581, 411–414 (2020).(今回の論文の参考文献24)
EDITOR'S NOTE — サグル:「見かけの」という語がついた効率は、たいてい何かを見かけていません。今回でいえば、当てた光子のうち材料が吸わなかったぶんの扱いです。抄録が apparent と書いているので、そこは著者らも隠していません。数字を疑うという話ではなく、数字に付いている条件をそのまま持ち運ぶ、という話です。本誌の本体は購読制で、こちらが確認できたのは抄録と図の説明までです。確認できていないことは、確認できていないと書きました。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.22
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