フクロウの翼には、静かに飛ぶための仕掛けが3つあります
そのうち1つは、生きた個体で一度も確かめられていません。
要点:フクロウの翼には、前縁の櫛・羽弁のフリンジ・背面のベルベットという3つの構造があり、飛行音を抑えていると説明されてきました(Interface Focus、2017年・査読済みの総説)。ただし2020年の別の総説は、操作実験の多くは前縁の櫛に対するもので、背面のベルベットは生きたフクロウで一度も操作されたことがないと指摘しています。さらにその総説は、抑えているのは空気の乱れが出す音ではなく羽どうしがこすれる音ではないか、静けさは獲物に気づかれないためなのか自分の耳をふさがないためなのか、という2つの問いを未決着として残しました。
フクロウが音もなく飛ぶ、という話はとても有名です。私も好きです。ただ、有名な話ほど、どこまでが測られた事実で、どこからが説明の筋なのかが混ざりやすいと感じています。今日はそこを分けてみたいと思いました。
まず、静かさ自体は測られています。1962年のThorpeとGriffinの記録として、飛行中に超音波を出さない鳥はフクロウで、ほかの鳥は出すことが確かめられています。つまり「ほかの鳥に比べて静か」は観察に裏づけられた話です。いっぽうで、完全な無音ではありません。この点は後で効いてきます。
翼にある、3つの構造
2017年、ドイツ・アーヘン工科大学のHermann WagnerさんたちがInterface Focusにまとめた総説が、この分野の見取り図としてよく引かれます。挙げられているのは3つです。
ひとつは前縁の櫛。いちばん外側の初列風切羽の前の縁に、細かい歯が並んでいます。二つめは羽弁のフリンジで、羽根の後ろ側の縁がほつれたように分かれています。三つめは羽根の背面を覆うベルベットで、細かい毛のような突起が布地のような手ざわりをつくっています。
この総説では、翼が大きく翼面荷重が低いことでゆっくり飛べること自体も静けさに寄与すると整理されています。加えて、櫛は夜行性の種のほうが昼行性の種より発達しているという比較も示されました。夜に狩る種ほど発達している、という対応は説得力があります。
3つの重みが、揃っていない
ここが今日いちばん書きたかったところです。図鑑で3つ並べて紹介されると、3つとも同じくらい確かめられているように読めてしまいます。実際は違いました。
2020年、カリフォルニア大学リバーサイド校のChristopher ClarkさんたちがIntegrative Organismal Biologyに出した総説が、実験の内訳を整理しています。生きたフクロウで櫛を操作した実験は1971年と1973年に行われ、乾燥標本の翼から櫛を取り除く風洞実験も2017年に行われています。いっぽうで羽弁のフリンジを操作した研究はごくわずかで、背面のベルベットを生きたフクロウで操作し、その効果を録音した研究は報告されていないと書かれています。
2017年の風洞実験は、ドイツ・ブランデンブルク工科大学のThomas Geyerさんたちがメンフクロウ(Tyto alba)の標本翼で行ったものです。櫛があると揚力がわずかに増え、迎え角が大きいときには滑空の騒音が下がるという結果でした。ただしこれは、標本の翼を風洞に固定した状態での測定です。Clarkさんたちは、フクロウが獲物に襲いかかるときに滑空しているのは例外的で、たいていは羽ばたいていると指摘しており、羽ばたきのときに櫛のまわりで何が起きているかは未解明のままだとしています。
そもそも、何の音を消しているのか
ここから話の向きが変わります。3つの構造が抑えているのは、翼のまわりの空気の乱れが出す音(空力音)だと長く説明されてきました。Clarkさんたちは、この空力音の説には実証的な裏づけが乏しいと述べ、代わりに羽どうしがこすれて出る摩擦音を抑えているのではないかという説を挙げています。根拠として3つが並べられています。
| 挙げられている根拠 | 内容 |
|---|---|
| 場所 | フリンジとベルベットがよく発達しているのは、翼と尾のうち羽根がこすれ合いやすい部位で、気流にさらされる部位ではない |
| 音の特徴 | こすれの音は広帯域で超音波を含む。その特徴はほかの鳥の飛行には現れ、フクロウには現れない |
| 相同性 | ベルベットは、ほかの鳥の風切羽にある摩擦小羽枝と関係があるように見える |
この説が正しいとすると、話はきれいに反転します。フクロウだけが特別な消音装置を後から獲得したのではなく、鳥の羽根はそもそもこすれて音を立てる作りで、フクロウはそれを抑える側に進んだということになります。Clarkさんたちの言い方を借りれば、フクロウを静かだと見るより、鳥の飛行のほうが騒がしいのだと見たほうがよい、という提案です。
断っておくと、これは提案であって決着ではありません。ベルベットが生きた個体で一度も操作されていない以上、決着のさせようがない、というのが正確なところだと思います。
静けさは、誰のためのものか
もうひとつ、根の深い問いが残っています。フクロウは獲物に気づかれないために静かなのか、それとも自分の羽音で自分の耳をふさがないために静かなのか。後者を自己マスキングの回避と呼びます。自分の足音がうるさいと、ほかの物音が聞こえなくなる、あの状態です。
フクロウの耳の性能は、たしかにそれを気にするだけのものがあります。平均すると2〜4キロヘルツの音にもっとも敏感で、アフリカモリフクロウ(Strix woodfordii)とアフリカオオコノハズク(Otus leucotis)は500ヘルツの音を−9.5デシベルの強さで検出できると報告されています。メンフクロウは止まり木から、水平方向なら1度以内の精度で音源を定位します。しかもフクロウは襲いかかったあとも獲物の音を聞き続け、飛びながら軌道を修正します。つまり自分の羽音が邪魔になる場面は、狩りの最後まで続きます。
いっぽう、獲物の側にも聞く力があります。ハツカネズミ(Mus musculus)の可聴域は5〜60キロヘルツ、ドブネズミ(Rattus norvegicus)は1〜59キロヘルツ、カンガルーネズミ(Dipodomys属)は0.1〜25キロヘルツと報告されています。決定的なのは1962年のWebsterさんの実験で、耳を聞こえなくしたカンガルーネズミは、フクロウの接近が見えない暗さのもとで、対照群より襲撃をかわせなくなりました。フクロウは襲撃中に、獲物が聞き取って逃げられるだけの音を出している、という直接の証拠です。
ただし、この証拠はすべての獲物に広がるわけではありません。Clarkさんたちは、眠っている鳥が捕食者の羽音に反応した公表例を知らないと書き、地上の昆虫が飛行音に反応する例も見当たらないとしています。砂漠のげっ歯類のように低い音によく反応する相手には効くけれど、フクロウの食事全体を説明する圧力にはなっていない、という整理です。
そこで提案されているのが、雪の下を狩る種で比べる方法でした。カラフトフクロウ(Strix nebulosa)やシロフクロウ(Bubo scandiacus)は雪の下のネズミを聞き分けて捕らえます。雪が音を遮るので、獲物側に届く羽音はもともと小さい。だから「獲物に気づかれないため」説では、この2種は消音の構造があまり発達していないはずです。逆に「自分の耳のため」説では、いちばん発達しているはずです。同じ2種に対して、2つの説が反対の予測を出します。
Clarkさんたちは現時点の証拠がわずかに自己マスキング側に傾くとしつつ、未決着だと明記しています。私はこの書き方が好きでした。傾いていることと決まったことは違う、と分けて書いてあるからです。
羽音を、聞き比べてみてください
日本にもフクロウはいます。ただ、夜の森で観察するのは相手の負担が大きく、繁殖期の巣に近づくのは避けたいところです。私からの提案は別の方向です。フクロウを聞きに行くのではなく、ほかの鳥の羽音を聞いてみてください。
公園のハトが足元から飛び立つとき、翼が打ち合わさる音がはっきり聞こえます。カルガモが水面から離れるとき、スズメが茂みから一斉に出るとき、どれも音がします。近づいたときにどれくらい手前で音に気づいたか、その距離を覚えておくだけでかまいません。何度か繰り返すと、鳥ごとに違うことが分かってきます。
その音の記憶ができてから、動物園や猛禽舎でフクロウが枝から枝へ移るところを見ると、比較の相手ができた状態で聞けます。「静かだ」ではなく「あのハトと比べて静かだ」になる。この記事で紹介した2020年の総説が言いたかったのは、たぶんそういう聞き方のことだと思います。フクロウの側だけを見ていると、消音装置のほうにばかり目が行ってしまいます。うるさい側を先に知っておくと、翼のほつれた縁が何をしているのかが、少し違って見えてきます。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.13
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